桜の下

満開の桜の下、地面に腰を下ろしていたおれが名を呼ばれて振り向くと、鈴がにこにこして立っていた。
そして、手に隠していたものをおれの頭の上に振りまく。
たくさんの小さなものが目の前に振ってきた。
ほのかに薄紅色の桜の花びらだ。
「阿高、きれい」
鈴はにこにこして言った。
そして、楽しそうな笑顔のまま、おれにくちづけた。
お互い目を開けたままだ。
鈴はすぐには顔を離さず、ずいぶん長いこと唇を重ねていた。
そして、小さく一息つくと、満足そうに唇を離した。
「さっきからずっと阿高に接吻したいなと思っていたの」
「ずっと?」
「ええ。だって阿高と桜って本当に似合うのだもの」
「そうかな」
「ええ。請合うわ」
鈴はそう言うと、袖にまだ隠してあった花びらを取り出して、またおれの頭の上に振りまいた。
「阿高、きれい」
鈴はじっとおれを見た。
おれなどよりも鈴のほうがずっと桜が似合うと思ったけれど、鈴があんまりじっとおれを見るので、黙っておいた。
「きれいな阿高」
鈴は小さくつぶやくと、おれの肩を押さえつけ、おれの体を地面に横たえた。
おれの横に膝をつき、鈴はおれの顔をのぞきこむ。
そして、おれの髪をなでる。
「阿高って本当にきれいね。阿高が女の子にもてるの、わかるわ」
鈴はそう言うと、もう一度おれの顔をのぞきこみ、そして上からおれにくちづけた。
今度もまたずいぶん長いくちづけだった。
鈴はゆっくりと顔を離すと、微笑んで言った。
「わたくしのものよ」
「え?」
「だれにもあげない」
おれは一瞬あっけにとられたけれど、すぐに大きくうなずいた。
「鈴のものだよ。全部。他の誰にもやらない」
おれが鈴に向かって両手を広げると、鈴はすぐにおれの胸に飛び込んできた。
華奢な腕で、おれをしっかりと抱きしめる。
「わたくしの」
「うん、鈴のだよ」
おれも鈴をしっかりと抱きしめた。

柔らかい鈴の体を抱きしめながら、おれは目を開けて空を見た。
空一面の薄紅色。ところどころ見える青空。
ひっきりなしに振ってくる桜の花びらはまるで雪のようで。
でも、雪のように冷たくはなくて。
暖かくおれと鈴をうずめてくれる。

いつのまにか鈴の髪にもたくさんの花びらが降り積もっていた。
鈴は満足そうな微笑を浮かべておれに体を預けて眠っている。
どこか遠くから藤太の呼び声が聞こえる。
もう帰る時間なのかもしれない。
でも。
もう少し鈴と一緒に桜に埋もれていたいと、そう思った・・・・。