明日はバレンタイン。
だが、鈴の心は暗かった。

鈴は同じクラスの阿高にチョコレートをあげたいと思っていた。
だが、鈴の母はすでに他界していたし、厳しい父親にはそんなことは言えない。
父親は男女交際は不潔なものだと信じているのだ。
お小遣いは、必要なときに必要なだけもらうことになっているのだが、チョコレートを買うという理由ではとてももらえそうになかった。
そして、鈴の頭には嘘をついてお小遣いをもらうという発想はなかった。

(どうしよう・・・)
同じクラスの女の子たちの笑顔が頭の中をぐるぐる回った。
みきちゃんも、ゆうかちゃんも、ともかちゃんも、えりちゃんも阿高にチョコレートをあげると言っていた。
阿高の幼馴染だという、さえちゃんは、直接家まで渡しに行くと言ってはりきっていた。

阿高はクラス一もてる男の子だ。
スポーツ万能、容姿端麗。
もてないほうがおかしいくらいだ。

(わたくしも阿高にチョコレートをあげたい・・・)
自分の部屋で座り込んでいた鈴は、少し悲しくなった。
じんわりと目に涙がにじんだ。

そのときだった。
弟の賀美野がとてとてとやってきて言った。
「姉さま、これをさしあげます」
それは賀美野のおやつのチョコボールだった。
「阿高にチョコレートをあげたいのでしょう?」
そう言ってにっこり笑うと、賀美野は机の引き出しから折り紙を出してきた。
「これで包みましょう。きっと阿高は喜んでくれますよ」
「ありがとう、賀美野」
鈴はうなずいて涙をぬぐった。


次の日、鈴は朝早く家を出た。
どうしても朝一番に教室に到着したかったのだ。

誰もいない教室で、鈴は阿高の机の引き出しのすきまにプレゼントをいれた。
チョコボール数粒を、赤、オレンジ、黄色、黄緑、緑の5色の折り紙を少しずつ重ねてくるんだ、ただそれだけのものだ。
こんな小さな包みを人前ではあげる勇気がなくて、こっそり引き出しにいれることにしたのだった。


やがて、みんなが登校してきた。
女の子たちが次々と阿高にチョコレートを手渡していく。
「阿高くん、これ手作りトリュフ」
「私はハート形だよ」
「これ高いんだから味わってね」
「ママと一緒に作ったの」

「あたしなんか、今朝、阿高んちに行って渡しちゃったもんね」
得意そうに言うのはさえちゃんだ。

阿高の机の上はみるみるチョコの山になった。
阿高はありがとうとお礼は言うものの、表情は淡々としていた。


鈴はといえば、今ごろになって、自分の贈り物を後悔していた。
みんなのチョコレートはすごい。
包装も豪華だし、中身もすごいに決まってる。
それにひきかえ、自分はチョコボール数粒に折り紙。
(名前を書かなくてよかった・・・)
今となってはそれだけが救いだった。

「あれ?」
大声を出したのはさえちゃんだった。
「阿高の引き出しに何か入ってるよ!」
「本当だな」
阿高がそうつぶやいて、包みを手にとった。
鈴は心臓が縮み上がる思いだった。
阿高はゆっくりと折り紙のつつみを開いた。
「これ、チョコボールじゃない?」
またも声をあげたのはさえちゃんだ。
「これあげた人だれー?」
さえちゃんがクラスを見回して大声で尋ねる。
そして、ふと、鈴に目をとめた。
「ねえ、もしかして鈴ちゃんじゃないの?鈴ちゃんってこういう色合い好きだよね」
鈴は内心はずかしさで爆発しそうなのをこらえ、努めて冷静に言った。
「わたくしじゃないわ」
「そっかー」
さえちゃんは意外にもあっさり引き下がってくれたので。鈴はほっと胸をなでおろした。
「ねー、阿高、だれだろうね?」
「さあな」
阿高はあくまで淡々と言った。
そして、チョコボールを口に入れた。

その瞬間、鈴は一転して、やっぱりあげてよかったと心から思った。自分のあげたものを阿高が食べてくれることは本当にうれしかった。






そして、ホワイトデーの日がきた。
鈴はまったく期待していなかった。
自分があげたのはチョコボールたった数粒だし、名前もわからなかったのだから、お返しがもらえるわけがない。
そんなことは十分承知していた。なのに。


「お返し配らないと。母さんが買ってきたやつだけど」
そう言って、阿高はお返しのマシュマロが入った大きな紙袋を引っ張り出し、リストを見ながら順番に配り始めた。
全部配り終えると、阿高は一仕事終えたというようなため息をついて、席に戻った。
当然、鈴の分はなかった。

わかりきっていたことだったのに、鈴はなんだか悲しかった。
さえちゃんがマシュマロをぱくついている姿を見ると、余計に悲しかった。


その後も何事もなく授業が終わった。
外には雨が降っていた。
(あ、傘・・・)
鈴は傘を持ってくるのを忘れていた。あいにく置きがさもなかった。
しかたなく、鈴は雨の中を小走りに走った。
かばんの中の教科書や、美術で使った彫刻刀を入れた紙袋がめちゃくちゃにぬれた。
鈴は顔中が雨でぬれてしまったのをいいことに、こっそり涙をこぼした。
(わたくしも、もっとちゃんとしたものを阿高にあげたかった・・・)
そう思ってしゃくりあげたとき、鈴は手に下げた紙袋が急に軽くなるのを感じた。
驚いて下を見ると、道路に自分の彫刻刀がちらばっていた。雨で紙袋が破れてしまったのだ。
鈴はしゃがみこみ、彫刻刀をひとつひとつ拾い上げた。

そのとき。

見覚えのないものが鈴の視界に飛び込んできた。
それはピンク色をした紙製の小箱だった。

一瞬、初めから道に落ちていたのではないかと思ったけれど、状況からして、鈴の紙袋から飛び出したのに違いなかった。

おそるおそる箱をあけると、中にはピンク色の小さな飴玉がたくさん入っていた。

鈴はどういうことかわからず、首をかしげた。
だれかのものを間違えて持って帰ってしまったのだろうか。

だが、そんな疑問はすぐに頭から吹き飛んでしまった。
学校の方向から、阿高が駆けてきたからだ。阿高は傘をさしていたものの、走ってきたためか、学ランの肩はすっかりぬれてしまっていた。
「鈴」
阿高は息を切らせていた。
「お前、ずいぶん歩くの速いんだな」
そう言って阿高は微笑んだ。
そして、少しの沈黙の後、阿高はおぼつかない様子で言った。
「あれさ、鈴だろう?」
「え?」
わけがわからない鈴に、阿高はさらに言いつのった。
「チョコボールだよ」
その瞬間、鈴は全てを悟った。
と同時に、恥ずかしさで消え入りそうになった。
「気づいていたの?」
「ああ。なんとなくだけどな」
「じゃあ、これ・・・」
鈴は手にした桃色の小箱を見つめた。
「おれだよ。母さんに言わずに自分の小遣いで買ったから、そんなのしか買えなくてごめんな」
鈴はぶんぶんと首を振った。
うれしかった。

鈴がぼんやりしている間に、阿高は道路に散らばっていた彫刻刀を全部拾ってくれていた。
「ほら、帰るんだろう。家まで送ってやるよ」
そういって、阿高はしゃがみこんだままの鈴に傘をさしかけ、にっこりと笑った。







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うぎゃ〜!!
なんてはずかしいものを書いてしまったんだ〜、私よ!!(汗)

でも、どうしてもバレンタイン阿v苑が書きたかったのです。
でも、なんか方向が違う・・・(涙)
すでにらぶらぶじゃなきゃいけなかったのに・・・これじゃあくっさい少女小説だ(泣)