■鳥彦日記■





鳥彦の日記・形代


鉄かごの中で、折られた足の痛みと戦いながら、おれは小屋が燃え出すのを
見つめていた。
死ぬのは怖くないけれど、焼け死ぬのは苦しそうでいやだなと思った。

こんなときでも年寄りのようなことばかり考える自分に苦笑した。
狭也に変だと言われるのも当然だ。
岩姫ほどではないけれど、前世の記憶をもっているがために、おれは妙にわかった
ようなことを言ってしまう。
この身はほんの十かそこらの子供なのに。

狭也。
狭也は無事だろうか。
外の騒ぎからして、狭也が大蛇の剣を持ち出したことは間違いないだろうが。
この火事からすると、彼女は大蛇の剣を制御しきれなかったのだろう。

「あちっ」
火の粉が飛んできておれのほおに触れた。
そろそろおしまいだな、と思った。
そう考えると、なぜかしきりに狭也のことばかり思い出した。
羽柴の川原で初めて出合った。
水の乙女の顔立ちをした少女。
でも、彼女は今までのどの水の乙女よりも瞳に強い意志を秘めていた。
そして、どの水の乙女よりもきれいだった。
守ってあげたいと思った。
彼女が光に焦がれるのならば、せめておれが少しでも守ってやろう、そう思って
輝の宮にきた。

けれど、ぜんぜん守ってなんてやれなかった。
おれは無力な子供だった。
足を折られてこんなところに閉じ込められ、手も足も出ない。
守ってやるどころか、逆に狭也の方がねずみになっておれを救おうとしてくれた。

火がさらにせまってきた。
もうすぐこの小屋も崩れるだろう。
熱い、と思った。
熱でもうろうとしたおれの頭の中に、狭也と泳いだ鏡の池の思い出がよみがえる。
あのときは楽しかった。
また狭也と泳げたら・・・。
頭の中に希望が浮かんだ。
でも、そんなことは無理に決まっていた。
おれはここで死ぬのだから。

ぽつり、と涙がこぼれた。
自分でも驚いて、おれは涙をぬぐった。
死ぬのはこわくない。
焼け死ぬ苦しみにも耐えてみせる。
ただ、どうしても最後に一目狭也に会いたかった。

そのとき、ふいに壁の一部が崩れた。
壁の向こうから現れたのは巫女の装束の少女、そして・・・。
「クロ兄!クロ弟!」
おれは叫んだ。
巫女姿の少女はおれに言った。
「時間がない。選ぶしかない。このまま死ぬか、それともカラスとして生きるか」
「あんた、狭也が言ってた輝の御子か?」
おれがぎょっとすると、少女は真剣な顔でおれを見た。
「狭也はあなたのことをひどく心配していた。だからわたしが来た。さあ、選んで」
おれは迷った。
輝の御子の言うことを信じていいのだろうか。それに、おれたちは死んでも甦る一族だ。
死んでもまた狭也に会いに・・・・。

でも、そのとき、頭の中で狭也の声がした。
『会ったってそれはあたしじゃないし、もうあんたのことなんて忘れているわよ』

その瞬間、おれは決意していた。
「カラスになるよ。やり方を教えてくれ」




カラスの体はひどく身軽だった。
軽く羽ばたいただけで体が浮かび上がる。
あっという間におれは上空にいた。
隣でクロ弟がきょろきょろしている。

おれは燃えている小屋を見下ろした。
あそこでおれの体が燃えている。
クロ兄はわけがわからぬうちに焼け死ぬ恐怖を味あわされている。
「クロ兄、ごめんな」
おれは小さくつぶやいてから、狭也たちが乗ったいかだの後を追って飛んだ。


岩姫さまたちを見つけ、おれは草地へ急降下した。
狭也が見えた。
おれはどきどきしながら狭也のすぐ横の地面に飛び降りた。
「ああ、疲れた。さがしちゃったよ」
軽口をたたきながら狭也を見る。
案の定、狭也は泣いていたようだった。
そして、おれを見て目を見開いた。
抱きしめてやろうとして、自分にはもう腕がないことを思い出した。
それで、狭也のひざに乗った。
「おれだよ。伝言をきかなかったの?悲しむのは待っていろって言ったのに」
幸せだと思った。
たとえカラスの身であろうとも、もう一度狭也に会えたのだから。




狭也を抱きしめる腕はなくしてしまったけれど、今のおれは飛べるし、動物たちに
命令も出来る。
前の子供の体より、よほど狭也を守ってやれる。
そう信じて。
クロ弟とともに、おれは再び空に舞い上がった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



はい、半分寝ぼけながら書いてみました、鳥彦日記です。
実はつい最近、空色勾玉を再読いたしまして、そこで一番心に残ったのが
鳥彦の気持ちでした。
ただの明るい子だと思っていたけれど、考えてみれば彼にはつらいことが
たくさんあるはずです。
そんな気持ちで今回、この日記を書きました。
(でも、めちゃくちゃ眠いこともあって、出来はいまいちです、すみません・・・汗)

ただ、鳥彦が前よりもっと好きになった気がします。



メインに戻る