さらしな日記 4

沙良と目が合った鷹男は、目をそらし身を翻した。
沙良を避けたのはもう何度目になるかわからない。

沙良と会いたくはなかった。

沙良は、鷹男がかぐや姫と間違えて都からさらってきた姫君だった。
姫君という割りに高慢なところが少しもなく、驚いたものだ。
高道が沙良をいらないと言い切ったときには、自分の失敗と
沙良の気持ちを考えて悔やんだが、同時にほっとしていたのも
本当だった。

高道に、沙良を鷹男の妻にすればよいといわれたときは、
頭がまっしろになった。
まさか自分の身にそのような僥倖がふってわくとは思っても
みなかったからだ。

沙良のことを初めて愛しいと思ったのはいつだっただろう。
もしかしたら、沙良の屋敷に忍び込んで初めて顔を見たときに
もうひかれていたのかもしれない。
その後も、沙良の言葉や態度を見るにつけ、その思いは
強まっていった。

だが。

流行り病から回復すると、高道が沙良を見る目が変わっていた。
高道はいつも沙良を見つめていた。
鷹男が沙良と一緒にいるときでも、視線を感じて振り返れば高道がいた。

沙良はもともと高道の妻になってもらうべく都からさらってきた姫君だ。
高道が沙良を想うようになったのなら、自分は身を引くのが当然だと思われた。

そうでなくても、鷹男は、高道の願いを妨げることなど考えられなかった。
身分の低い母から生まれた自分。
母が死に、後見もなくさまよっていた自分を、腹違いの弟だと言って引き取って
くれたのは高道だった。
そして、鷹男を弟として扱い、家令の仕事を任せてくれた。
学問も武術も、高道と同じことを学ばせてもらった。
兄のために役に立とうと、その一心で、学問をし、剣の稽古にも励んだ。
その高道の願いを妨げることなど、鷹男にはとうていできなかった。

だが・・・。

沙良のことを思い、鷹男は目を閉じた。

あんなに美しいのに、自分は美しくないと信じている姫君。
姉のかぐや姫がどれほど美しいのかは知らないが、鷹男にとって、沙良は
観音様のように美しく見えた。

そんな沙良が、形だけとはいえ、自分の妻になってくれるといい、側にいてくれた。
それは、鷹男の今までの人生の中で、一番幸せな時間だったかもしれない。

振り返れば沙良がいて、鷹男に微笑んでくれる。
本当に夢のようだった。
つらい流行病も、沙良の看病で乗り越えられた。

だが、同じく流行病にかかった高道も、沙良の看病で回復した。
そして、沙良をますます強く想うようになってしまったのだった・・・。


沙良に別れを告げるのは、ひどくつらいことだった。
無理にさらってきた沙良が、ようやく心を許して微笑んでくれるようになったのに。
うそつきとののしられても文句は言えなかった。

沙良が飛び出していっても追いかけることはできなかった。
追いかけては別れをつげた意味がない。
鷹男にできたことといえば、高道に事実を告げ、沙良を追いかけてもらうことくらいだった。


だが、高道の馬に乗せられて戻ってきた沙良を見て、鷹男は自分でも想像していなかった
ほど動揺した。
沙良は高道の妻になることを同意したのかもしれない。
自分から言い出したことでありながら、そう考えると息ができなくなりそうだった。

その日から、鷹男は沙良を避けるようになった。

沙良に会ってはならない。
沙良に会ったら自分は何を言うかわからない。
何をするかわからない。そう思ったからだ。




だが、沙良に別れを告げてから数日後。
一日の仕事を終えた鷹男が自室に戻ると、沙良が室内に座って鷹男が戻るのを待っていた。
あわてて部屋を出ようとする鷹男の袖を、沙良はつかんだ。

「どうして逃げるの」
沙良は明らかに怒っていた。
「どうしてわたくしを避けるの。そんなにわたくしのことがいやになったの」
鷹男が無言でいると、沙良はますます怒りの色を濃くした。
「どうして話もさせてくれないの。あんな終わり方ではわたくし、到底納得などできないわ」

怒っていたはずの沙良だったが、最後は涙声になっていた。
こんな状況でありながら、鷹男は、美しい人は怒っても泣いても美しいものだと、そんなことを
考えていた。
そして、内心の動揺を押し隠し、持ち前の冷静さを最大限に発揮して言った。

「もともとあなたには高道様の妻になっていただくつもりでした。
兄がいらないというのでわたしがお預かりしていただけ。
兄があなたを想う今となっては、兄の妻になっていただくのが当然というもの。
あなたにとっても、ただの家令にすぎないわたしより、受領とはいえ、地位も身分もある兄の妻
になられたほうがお幸せでしょう」

だが、沙良は無表情に言った。
「わたくしの幸せをあなたになど決められたくないわ。
地位も身分もある方というなら、都にいればわたくしの婿になってくださるという高貴な方々は
もっといたでしょう。事実、内大臣家の藤原頼久様とはお話がまとまりかけてもいたわ。
地位も身分もある方の妻になるのが幸せというなら、わたくしを都に返してくれなくては
道理ではないわ」

鷹男は何も答えられずに黙り込んだ。
確かに沙良の言うことはもっともだった。

沙良は鷹男の返事を待たずにいいついだ。
「一つだけ教えて。あなたがわたくしを避けるのはなぜ」

沙良を避けるのは、沙良が好きだからつらいからだ。
だが、この期に及んでそんなことが言えるはずがない。
鷹男は眉をしかめ、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「高道さまとあなたのことを揉めたくないのです。余計な揉め事は困りますから」

「わたくしのことはあなたにとって余計なことなのね・・・」
沙良は鷹男を見つめた。
その目にみるみる涙が盛り上がり、ぽろぽろと沙良の大きな瞳から零れ落ちる。

鷹男はあわてた。
「沙良姫・・・」
動揺して沙良の肩に手をかけると、沙良は鷹男の胸に飛び込んできた。

「わたくし、あなたのことが好きだった。あなたの優しさを愛情と勘違いしていたけれど、
それでも好きだったの。でも、鷹男の迷惑になるのならもうやめるわ。もうあなたの
ことを想うのはやめる」

沙良の言葉は鷹男の胸に突き刺さった。
迷惑ではないと、自分も沙良が好きだと言えたらどれほどよいだろう。
だが、高道のことを思えば、それを言うことはできなかった。

「そうしていただけると助かります」
搾り出すように言った鷹男の言葉に、沙良はうなずき、鷹男から離れた。
「いままでありがとう」
涙をこらえ、精一杯の笑顔でそういうと、沙良は身を翻して鷹男の部屋から走り去った。



鷹男は自分の身に残る沙良のぬくもりを感じていた。

沙良の細い肩は震えていた。
抱きしめてやることができたらどれほどよかったか。
でも、もう忘れなくてはいけなかった。



翌日、鷹男と同じく家人をしている同僚の将人が
鷹男の自室にやってきた。
将人は自他共に認める男前で、村の娘はみな彼に夢中だ。
そんな彼は、形のよい唇を笑みの形に歪めて言った。

「おれ、姫さん付きの護衛係になったわ」
「え」
驚く鷹男に、将人は言った。
「いままで姫さんの護衛はお前だったけど、姫さんが鷹男を
その任から外してくれと言い出したらしくてな。おまえ、最近
姫さんのこと避けてたし、仕方ないってことで。それでおれが
任命されたというわけだ」

わかっていたことなのに、衝撃だった。
鷹男が無言でいると、将人は真顔になって言った。
「おまえも馬鹿だよな。あんなきれいな姫さんをもらえる機会を
みすみす棒に振るなんて。いくら高道様が懸想しておられる
からといって、一度はお前がもらった姫さんだ。返さなくても
よかったものを」
「おぬしにはわからん」
鷹男は歯を食いしばってそれだけ言うと、将人に背を向けた。

将人は笑みを含んだ声で言った。
「まあ、おれは役得だけれどね。あんなきれいな姫さんを
間近に拝める機会はそうそうない。もしかしたらおれに
なびいてくれるかもしれないし」

「ばかを言うな」
鷹男は声を荒げた。
「沙良姫は高道様の妻になる方。手を出すことなど許さん」
「出すわけないだろう、いまさらこんな状況で」
将人はあきれたように言った。
「高道様と鷹男の思い人に手を出すような命知らずな
まねは、さすがのおれでもできないよ」
「おれは・・・別に」
「いまさら隠しても無駄だろう。だれがどう見たって、お前は
姫さんにほれていたよ。気付いていないのは当の姫さん
くらいのものだ」

将人は言った。
「あれが都育ちの姫君というものなのか? 
お前を見ていたら、お前が姫さんのことを好きなことくらいわかりそうなものだけどな。
護衛の任につくということで挨拶に参上したけれど、お前に嫌われたと落ち込んでいたぞ。
姫君というのはあんなににぶいものなのか。まあ、それを口説き落とすのもおもしろいかも
しれないが・・・って、そんな恐ろしい目でにらむなよ、口説きやしないからさ」
将人は言いたいことだけ言うと、鷹男の部屋を出ていった。

鷹男はため息をついた。
やりきれない思いで、胸が痛かった。


(続く)


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<コメント>

2006/05/29 一部修正



はい、今回のは正月にがこがこ打ちまくったものです。
この続きもあって完結もしてみたのですが、あまりにも
いまいちすぎるのでアップしていない部分は書き直す予定です。

ということで、とりあえず鷹男さん視点部分だけアップです。

私は、こういう男のベタな苦悩が大好きです。大好物です(笑)

でも、将人みたいなさっぱりキャラも大大大好きですv

ということで、今回も自分の萌えツボを並べた展開ですみません。

こんな駄文を読んでくださった方、ありがとうございました♪





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