これは、ハッピーエンドじゃなきゃいやだという私が妄想で書いたその後です。
「サラシナ」(芝田勝茂)を未読の方はお読みにならないほうがいいかもしれません。







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「天女!」
不破麻呂は空を見上げて叫んだ。
竹姫の姿をした天女はぐんぐんと空へ上っていき、そして、消えた。

不破麻呂はぼろぼろと涙をこぼした。
最後に竹姫に見せる顔が泣き顔ではいけないと、せいいっぱい
笑顔を作っていたのだが、もう限界だった。

まわりのやつらが口々になぐさめてくれる。
だが、どのなぐさめも心に響かなかった。

一度目は天女を失った。
羽衣を隠してでもどうしてひきとめなかったのかとひどく悔やんだ。

二度目は竹姫を失った。
突然おれに声をかけてきた姫。
ひさごの歌で一緒に踊った。
自分を連れて行ってくれとおれに言った。
かわりもののおてんば姫。
はじめはなんという変なやつだろうと思った。

でも、好きだった。
天女の魂が入っていたとは思わなかったが、天女の生まれ変わりかと思った。
それほど、一緒にいて心地よかった。
兄の思い出を語る竹姫も、慣れない畑仕事を一生懸命にしている竹姫も、
どんな竹姫も愛しかった。

だが、もう彼女はいない。

「竹姫・・・」

不破麻呂がつぶやいた、そのとき。

「不破麻呂」
小さな声がした。

「おい、あそこに立っているのはお姫さんじゃないのか」
まわりのみんながざわめく。

空の上に消えたはずの竹姫が、丘の上の酒壺の横に立っていた。

気がつくと、不破麻呂は駆け出していた。
自分でも信じられないほどの勢いで丘を駆け上り、竹姫を抱きしめた。

「行かないでくれ」
不破麻呂はもうどこにも行かせまいと、力の限りに竹姫を抱きしめた。
「不破麻呂」
竹姫も不破麻呂を抱きしめた。
だがあまりに不破麻呂の力が強いので、息苦しかったらしい。
「不破麻呂、少し苦しいわ」
「すまない」
不破麻呂は謝った。
だが、手を離さなかった。
「悪いが、力をゆるめることはできないよ。だって、この手を離せば、
またあんたは行ってしまうんだろう。おれはいやだ。
わがままかもしれないが、竹姫を失うのはいやなんだ」
「どこにもいかないわ、わたしは」
竹姫は言った。

不破麻呂は竹姫が空に上っていかないのを確かめながら、
おそるおそる腕の力を緩めた。
だが、竹姫を抱きかかえたまま、手は離さなかった。
「あんたは空に帰ってしまったのだとばかり思っていた。
どうして戻ってこられたんだ」
不破麻呂が尋ねると、竹姫はあいまいに微笑んだ。
「わたしも今まで気づいていなかったのだけれど、わたしの中には
天女がいたの。おそらく、兄のお墓の前で倒れたときから。
目が覚めたとき、何かが違うと思ったけれど、あれは天女が
わたしのなかにいたからだったのね。だから、不破麻呂を・・・・
不破麻呂のひさごの歌を懐かしいと思ったのだわ」
「そうだったのか」
不破麻呂がうなずくと、竹姫は申し訳なさそうに小さな声で言った。
「天女はもう空へ帰ってしまったわ。ここにいるのは天女の
生まれ変わりでもなんでもない、ただの竹姫なの。ごめんなさい」
「どうして謝るんだ」
不破麻呂は訳が分からず竹姫に尋ねた。
竹姫は悲しげに顔をゆがめた。
「だって、あなたは天女が好きだったのでしょう?天女がわたしの
中にいたから、わたしのことを好きになってくれたのでしょう」
竹姫はぽろぽろと涙をこぼした。
不破麻呂はびっくりして言った。
「なにを言っているんだ。むしろききたいのはおれの方だよ。
あんたは天女の魂が入っていたからおれのことを好きだと
思っただけなんじゃないかとね。天女が帰ってしまえば、
もうおれのことなんてなんとも思わないのじゃないかと不安で死にそうだ」
竹姫は目を見開いた。
「そんなはずないでしょう。わたしは不破麻呂が好きよ」
「おれだって、竹姫が好きだよ。もう天女の魂が中に入っていなくても、
あんたは間違いなく、おれが苦労してみやこからさらってきた竹姫だ」
「不破麻呂」
竹姫は涙を流しながら、不破麻呂にしがみついた。
「わたし、ここにいてもいいの?あなたのそばにいてもいいの?」
「ああ。おれと一緒にいてくれ、竹姫」
不破麻呂は竹姫をしっかり抱きしめ口づけた。

どうなることかと固唾をのんで見守っていた村人たちも、笑いながら
口々に叫んだ。
「お姫さんが帰ってきたぞ」
「めでたいめでたい」
「さあ、祭りだ」
「祝いの準備だ」

不破麻呂は竹姫を抱き上げてささやいた。
「天女はきっとおれと竹姫を出会わせるためにきてくれたんだろう。
だからこの酒壺は石に変えようと思う、天女に約束したとおりに」
「ええ」
竹姫が笑った。

不破麻呂は竹姫を腕に抱えたまま、天女が消えた空を見上げて
笑顔で叫んだ。
「天女よ、竹姫を返してくれたこと、心から感謝する。
ありがとう、天女。あんたに会えてよかったよ」

そして、不破麻呂は竹姫と目を見交わし、微笑みながらもう一度
口づけたのだった。




(終)


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はい、ということで、ハッピーエンドじゃなければ我慢できない
お子様な私の妄想大爆発でした。
「サラシナ」はなかなかよいです。
更級日記の竹芝伝説をベースにされていて、薄紅天女ファンにも
参考になるところがいっぱいあるかと思われます♪

ただ、最後が乙女な読者には我慢できない終わり方でしたので、
こんな妄想二次創作をしてみました。
竹姫はその時代の人だったのだし、サキが帰ったからといって
竹姫まで消えなくてもいいかなと。

どうやら、私は竹姫は好きだけど、サキはそれほど好きじゃないようです。
なので、サキには酷かもしれない二次創作になってしまいました。
サキに感情移入して「サラシナ」を読んだ方には申しわけないです。
私は竹姫派なので・・・だって竹姫=苑上だから(笑)
ということで、自分で勝手にハッピーエンドに
して満足しておりますv

2006/10/15 更新。ラブ度上げときました!