(注)これは私が荻原先生のキャラクターをお借りして書いた完全な妄想です。
樹上のゆりかごともパラレル(別世界)です。
二次創作の苦手な方はお読みにならないことをおすすめします。







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ハールーンの帰還D


その日の放課後、生徒会の仕事を終えたわたしは忘れ物を取りに
教室に戻っていた。

「あった、READERの教科書」
引き出しの中に置き忘れていた英語の教科書を手にしてほっとする。
READERの授業は毎日の予習の量がはんぱでないのだ。
しかも、和訳は出席番号順などではなく、ランダムに当たる。
文法の細かいところまで質問されるので、友達の丸写しでは対処できない。
予習を忘れたら先生にねちねちつっこまれて大惨事になるのだ。

教科書をカバンに入れて、教室を出ようとしたときだった。

ガラッっと教室の前のドアが開いた。

入ってきたのは海野春樹だった。

「なにか用ですか」
わたしが声を尖らせて言うと、海野春樹はくったくなく微笑んだ。
「ずいぶん冷たいじゃないか、ジャニ」

昼間あれだけ否定したくせに、わたしをジャニと呼ぶ。
そのことを不思議には思ったけれど、その呼び方は間違いなく
ハールーンと同じだった。

「ジャニ、会いたかったぞ。やっと会えたな」
そういって海野春樹はにこにこ笑った。

わたしはおそるおそる言った。
「ハールーン・・・って呼んでもいいの?」
「なにをいまさら。いいに決まっているだろう」
そう言って微笑みを絶やさない彼に、わたしは確信した。
ハールーンだ。間違いない。

「ハールーン!」
わたしはハールーンの胸に飛び込んだ。
ハールーンはわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
昼間はあんなに力いっぱい私を振り払ったのに、
今度はわたしを突き放したりしなかった。

「準備室ではどうしてあんなことを言ったの?」
わたしが尋ねると、ハールーンはなんでもないことのように言った。
「あれは春樹がやったことだろう。おれじゃない」
「え?」
どう見ても海野春樹の顔で、ハールーンはそう言った。
「だって、ハールーンは海野春樹になったんじゃないの?」
「それがなぁ・・・」
ハールーンは腕を組んだ。
「なんだか知らないが、海野春樹になれないんだ」
「どういうこと?」
ハールーンは苦笑いした。
「ジャニは上田ひろみなんだろう?だけど、おれは海野春樹になれないんだ。
本当なら海野春樹とひとつになれるはずなんだろう。それはなんとなくわかる。
でも、海野春樹に重なろうとしても、何か壁があるようにさえぎられてしまって、
どうしてもだめなんだ」
「それって・・・」
あたしは忙しく適切な言葉を考えた。
「それって、ほぼ二重人格状態ってこと?」
「まあ、そうだな」
ハールーンは笑った。
「おれは春樹の存在も体験したこともわかっているけれど、春樹はおれの
存在にも気づいていない。体の主導権を握ることはいつでもできるけれど、
なんだか乗っ取るようで申し訳なくてな。たまにしかやらないんだ」
そう言うと、ハールーンはわたしの手を取った。
「でも、今日はジャニに会えたから。それに、春樹がジャニにあんなことを
言ったから。ジャニがきっと泣いただろうと思って、心配になって出てきてみた」
「な、泣いてなんかないわよ」
「本当か?」
「本当だってば」
わたしは必死で強がった。
何を強がっているのかわからなかったけれど、強がっていないとこの場で
号泣してしまいそうだった。

(ハールーンがいる。本当にこの世界にいるんだ・・・)

涙を必死でこらえていたのに、ハールーンが優しく頭をなでてくれるものだから、
とうとう我慢できずに涙がこぼれてしまった。

「ほら、泣いた」
ハールーンがおかしそうに笑った。
わたしが言い返そうとすると、ハールーンはわたしのほおを両手ではさんで、
私の額に軽いキスをした。外人さんの挨拶みたいな軽いのを。
それから、首をひねる。

「そういや、春樹がぶつぶつ言っていたけど、学校だとこういうことをしたら
いけないんだったか?でも、どうしていけないんだろうな」

ハールーンの言葉に、わたしは笑った。
二重人格だろうがなんだろうが、いまここにいるこの人は間違いなく
ハールーンだ。

「さあ。そんな規則、わたしは知らないけど?」
そう言うと、わたしはもう一度ハールーンに飛びついた。



(イラスト・玖珂鼎さん)



Eへ続く