(注)これは私が荻原先生のキャラクターをお借りして書いた完全な妄想です。
二次創作の苦手な方はお読みにならないことをおすすめします。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ハールーンの帰還



王宮の一室を通りかかったラシードは、そこでくつろいでいる人を見て仰天した。
見忘れるはずがない。

「兄上!」

ラシードが声をあげると、長いすに腰かけて天井を見上げていたその人は、
微笑んで立ち上がった。

すらりとした長身を黒衣に包んでいる。

「やあ、ラシード。元気そうでよかった」
「兄上こそ」
「おれ?」
何を心配するのかといわんばかりのハールーンの表情に、ラシードはため息をついた。
「ずいぶん危ないことをしておられるようだとか。マスルールが噂を聞きつけて
きたのです。本当に心配しました。ご無事で何よりです」

ラシードは心の底からそう言った。
ハールーンは少しすまなそうに笑ったあと、ふと思いついたように言った。
「まさかそれをダンダーンに言ってはいないだろうな?」
「あたりまえです」
ラシードは苦笑した。
「大臣にそんなことを言ったら大変ですから」

ハールーンは笑ってうなずくと、思い出したように傍らの袋の中からいくつかの小瓶を
取り出した。
そして、なんでもないことのようにさらりといった。
「ほら、薬だ。この国では不治の病とされてきた病気のいくつかに効く。
役に立つといいんだが」
ラシードは思わず息をのんだ。

薬のことはラシードが一番気にかけていたことだった。
他の国では薬で治る病気がこの国では治らない。それはラシードにとってつらいこと
だった。

ラシード自身、魔法で少女の姿に変えられたとき、外からもたらされた知恵によって
救われた。

それだけに、民が薬を欲する気持ちはよくわかった。

その、ラシードが一番必要としていたものを、ハールーンはまたもたらしてくれたの
だった。

「ありがとうございます、兄上」
ラシードは心から礼を言った。


喜びに顔を輝かせるラシードに、ハールーンは笑いながら尋ねた。

「ところでラシード、ジャニはどこだい?」

ハールーンの言葉を聞いた途端、ラシードの笑顔はひっこんでしまった。
ラシードは口ごもりながらうつむいた。
「兄上・・・」
「どうした?」
ラシードは以前よりもさらに頼もしく見える兄を見あげた。
そして、覚悟を決めて言った。

「兄上、ジャニは・・・・ジャニは帰ってしまいました」
「帰った?」
ハールーンは目を見開いた。
「帰ったって、どこへ?」
「わかりません・・・ミリアムは魔人の国へ帰ったのだと言うのですが」

そこまで言うと、ラシードの目にはみるみる涙があふれた。
「申し訳ありません、ぼくのせいです。ジャニの様子がおかしいと気づいていたのに
行かせてしまったから。ジャニは兄上の魔人だったのに。兄上のためにぼくを
助けてくれていたのに、ぼくは自分のことばかりにかまけていたんです。
兄上に置いて行かれて、ジャニはしょげていました。なのに、ジャニは魔人だから
大丈夫だなんて思ってしまったんです」

「おいおい、ちょっと待て」
ハールーンは面食らった。
「ジャニがおれの魔人だというのはなんだ。ジャニはラシードの魔人だろう。
ラシードのために命がけでがんばっていたと聞いた。ジャニは王国の精霊で、
王国の主となるラシードのために存在するんだろう」
「それは違います」
ラシードは、めずらしくはっきりと言い切った。

「ジャニは、少なくともぼくの魔人ではありませんでした。」

ラシードはハールーンの目をまっすぐに見て言った。

「ジャニはずっと兄上を探していました。ぼくと一緒にいるときも、いつも」

ラシードは自分よりずっと世界のことを知っているであろう兄にたずねた。
「兄上。ジャニはどこへ帰ったのでしょう?兄上はどこでジャニと出会ったのです?
ジャニを探したくても、ぼくにはその手がかりすらないんです」

「どこでって・・・」

ハールーンは言いかけて沈黙した。
そして、くるりと踵を返した。

「・・・悪い、ラシード。おれは行くよ。みんなによろしくな」

「ちょ、ちょっと待ってください。あ、兄上!」

ラシードの呼び声にも、ハールーンは止まらなかった。

「兄上・・・」

ラシードは微笑んだ。

「今度は兄上がジャニを探してあげてくださいね・・・」

ラシードはもう聞こえないのを承知で、小さくそうつぶやいた。





(Aへ続く)