紫苑の日記



おれは今日も朝からコンピューターの修理をしていた。
月基地のコンピューターは本当に旧式で修理をするはじからどこかが具合がわるくなるのだ。

シュン、と音がしてドアが開いた。
「シオン、お茶にしましょう」
「・・・もうそんな時間か」
さっき昼食を食べたばかりの気がしていたが、時計を見るともう夕方だった。
集中していたので時間の感覚がなかったようだ。
「悪い。あと少しで終わるんだ。ちょっと待ってくれないか」
おれがそう言うと、木蓮は微笑んでうなずいた。

再び仰向けに寝転び、おれはコンピューターの修理にとりかかった。

なんとか今日の仕事が形になるまで作業を続けてから、手を止め額の汗をぬぐった。
そして、勢いをつけて起き上がりふと横を見ると、そこに木蓮がいた。
しゃがみこんだ彼女は自分の膝にほおづえをついて微笑みながらおれを見ていた。
「モクレン?」
いつものようにソファーで本を読んでいるのだとばかり思っていた彼女の姿に、おれは声をあげた。
「一体どうしたんだ」
おれの問いに木蓮はふんわりと笑った。
「私は幸せね。あなたのそばであなたを見ていられるのだもの。それに、こうして」
と、木蓮はおれの髪をなでた。
「あなたに触れることさえできるのだもの。少し前なら想像もできなかったことだわ」
そう言った木蓮の柔らかな笑顔を見た瞬間、

・・・おれは木蓮にくちづけていた。

一瞬ののちに自分の行動に気づき、おれはあわてて身を引いた。
「す、すまない」
だが、木蓮は笑って首を振った。
「どうして。私たちは家族でしょう。ケーキを焼いたことへのごほうびなの?」
そして、言った。
「わたしからもいいかしら。あなたがこんなにすばらしいエンジニアになったことへのごほうびのキス。ラズロさんみたいにはいかないかもしれないけれど」
木蓮はそう言うと、おれにそっとくちづけた。

おれはうれしいとは思いながらも、心のどこかで違うと叫んでいた。
違う。
さっきのキスは家族の、ほうびのキスなんかじゃない。

だが、おれはずっと「ほうびのキス」を求めていたはずだ。
家族になってくれるやつを。
そのために、木蓮にあんなひどいことをして玉から無理やり奪いとった。

だけど、それでも、違うと思ってしまう。
さっきのキスは、さっきのおれのキスは、家族のキスなんかじゃない。

だが、そんなことを木蓮に言えるわけがなかった。
彼女はあんなことをしたおれを許し、家族になると言ってくれたのだから。
だから、おれは彼女に「家族」以上のものを求めてはいけない。
ラズロからもらったようなキスしか望んではいけないのだ。

「ありがとう木蓮」
おれはゆっくりと微笑み、彼女を抱きしめた・・・。






木蓮の日記



今日もいつものように紫苑のところへお茶の用意を運んで行った。
今日は彼はE−27の修理をしているはずだった。

E−27へ行くと、紫苑は仰向けに寝転がってコンピューターの修理をしていた。
声をかけると、もう少し待ってくれという返事だった。
いつものことなので、持ってきた本を読もうかと思ったけれど、ふと思いついて、忍び足で紫苑の近くまで歩いていった。
案の定、紫苑は集中していてぜんぜん私に気づいていなかった。
私は床にしゃがみこみ、ほおづえをついて彼の仕事振りをながめた。
正確には、仕事をしている彼を眺めていた。

紫苑はハンサムだ。
初対面のときからそう思っていたけれど、見れば見るほど魅力のある顔立ちをしている。
浅黒い肌、私と違ってくせのないさらさらした黒髪、切れ上がった目じり。
そんな彼が一心不乱に集中している姿は見ていて飽きなかった。
でも、一番魅力的なのは彼の口元だった。
以前はいつも意地悪く笑っていた口元。今でも私をからかうときには少しそんな感じになる。でも、最近はたいてい優しげに笑っている。

彼は無理をしているのだ、と思う。
いままで嫌いだった私のことを、あんなことがあったからといっていきなり好きになるはずがない。
そう、彼は罪滅ぼしに私に優しくしてくれているのだ。
それは悲しいことだけれど、幸せなことだと思う。
あのまま何もなければ紫苑が私に優しく笑いかけてくれる日などきっと永久にこなかった。
こんな風に四六時中一緒にいることもできなかった。
だからいいのだ。
たとえ紫苑の行動が罪悪感からのものであっても、彼のそばにいられるなら私は幸せなのだから。



紫苑の作業は一段落ついたようだった。
彼は勢いよく起き上がり、そして私に気づいた。
「モクレン?」
紫苑は驚いたように私を見た。
「一体どうしたんだ」

彼に問われて、私は正直に答えた。
彼のそばにいられて幸せだと思ったのだと。
「こうしてあなたに触れることさえできるのだもの。以前なら想像もできなかったことだわ」
そう言って私は笑った。

そのとき、紫苑が突然動いた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。

私は紫苑にキスされていた。

紫苑はすぐにはっとしたように身を引き、私に謝った。


私は彼のキスを意味を考えた。
普通に考えれば、キスをしてくるのはその人を愛している場合だ。けれど。
『そんなものよりもただ、おれはほうびのキスがほしかった』
『認めたくなかったんだ。自分が幼い頃と同じようにほうびのキスをほしがっているだなんて』
『あんたじゃなくてもよかった。家族になってくれるなら誰でもよかったはずだ』
あのときの彼の言葉が頭を回る。
そう、彼は愛情に飢えていた。
家族をほしがっていた。
それだけ。
だから、このキスは彼の愛情の証には違いないだろう。
ただし、家族としての。

「どうして。私たち家族じゃない」
私は言った。
「わたしからもいいかしら。あなたがこんなにすばらしいエンジニアになったことにごほうびのキス。ラズロさんみたいにはいかないかもしれないけれど」
紫苑が何度も聞かせてくれた、ラズロさんとキャーの話。
ラズロさんは紫苑にはじめて家族の愛情を、家族のキスをくれた人。そしてたったの78日間で亡くなった人。
そう、紫苑はラズロさんの代わりになってくれる人をずっと求めていた。
それならば、私はラズロさんのようにならなければいけない。
紫苑に家族としての愛情を、ほうびのキスをあげる人にならなければ、彼にとっての「家族」にはなれない。

私は紫苑にそっとくちづけた。
紫苑は少したじろいでいたようだったけれど、やがて微笑んで私を抱きしめてくれた。
「ありがとう、モクレン」
自分が望んだとおり、彼のそばにいられて彼に抱きしめられてさえいるというのに、なぜだか悲しくてたまらなかった・・・。




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ぼくたま第二弾です。
どんどん原作から離れていきます(汗)
なんといってもハッピーエンドを目指していますので。そのわりに今はぜんぜん暗いですが(笑)
とりあえず、キスをしたからOKということで・・・。

それにしてもおそろしいほど駄文です(汗)