再来 2005/01/21 二人が漁村にきて以来、穏やかな日が過ぎていた。 菅流は村の男たちの漁を手伝うかわりに、住む家を借りることができた。 遠子は食事の準備や洗濯をしていた。 遠子はずいぶん食事の支度が上手になり、もう米をこがすこともなくなった。 菅流と遠子は、一緒に野良仕事もした。 隣家の真太刀と、真太刀の母親も、とても親切にしてくれた。 野菜を作り、魚を食べ、穏やかに日々は過ぎていった。 夜は暖かい家の中で眠った。 遠子は、ときどき夜うなされたり熱を出すこともあったが、そんなときは、菅流が 上掛けの布でくるんで抱きしめてやった。 そうして、穏やかに、穏やかに、日々は過ぎていった。 なんの不満もなかった。 そのはずだったのに。 * 「遠子、いるかい?」 声と同時に小屋の戸を開けて入ってきたのは隣家の青年だった。 「真太刀、どうしたの?」 食事の支度をしていた遠子が応対に出る。 「いや、大根がよくできたから、おすそわけに行けっておっかあが」 「まあ、ありがとう」 遠子が笑って礼を言うと、真太刀もうれしそうに微笑んだ。 菅流は漁に使う網のつくろいをしながら、そんな真太刀を眺めていた。 (間違いない、こいつは遠子が好きなんだ・・・) そんな風にあけっぴろげに好意を表せる真太刀がうらやましかった。 真太刀の言葉も顔つきも、すべてが彼の素直な心情を表していた。 「立派な大根をどうも」 菅流がにっこり笑って礼を言うと、真太刀はいやな顔をした。 「そんなににらまなくてもいいだろ、大根を持ってきただけなんだから」 そして、苦笑して言った。 「遠子も大変だな、こんなにうるさい兄さんがいて」 真太刀や村の人たちには、菅流が遠子の兄ということにしてあるので、遠子は あいまいに微笑んでうなずいていた。 「そういえば、きいたかい?」 真太刀は勢いこんでいった。 「この北の、角折の浜まで皇子様の行列がくるそうだ。きらびやかだそうだよ。 見たくはないかい。このあたりの若いのは みんな行くと言っている」 「皇子様・・・」 遠子が視線をさまよわせた。 「遠い西の都の皇子様だそうだ。神の血をひいておられるんだよ」 真太刀の言葉に遠子の顔が凍りついた。 菅流もつくろっていた網を脇において、遠子を見つめた。 (間違いない・・・あいつだ。小倶那だ・・・) 急にだまりこんでしまった遠子と菅流に、真太刀はわけあわからないという顔をして、 小屋を出て行った。 「どうする?」 菅流が尋ねると、遠子は静かに言った。 「土地の人たちがすることを、同じにしてみたいわ」 「行くのか?」 菅流が驚くと、遠子はこわばった表情で言った。 「会うのではないもの。遠くから見るだけよ、みんなと一緒に」 そう言う遠子の体が震えているのに気づいて、菅流は遠子を抱き寄せ、額に手を あてた。 「無理をするな。また熱が出ているんじゃないのか。今日はもう寝ろ。そのことは明日 また考えればいい」 菅流が言うと、遠子はこくりとうなずいた。 (続) TOPへ戻る