小倶那を殺せず、自分のちっぽけさに気づき傷心の遠子。 その遠子が、蛇神に運ばれて真太刀に助けられるのではなく、 菅流のところへ戻ってきたらどうなるのか。 そんなぴっころの妄想を形にした、パラレル菅流日記です。 1、約束 2005/01/19 「大丈夫かな、遠子のやつ」 菅流はひとりつぶやくと、舟に乗った遠子が消えた水平線に目を凝らした。 (遠子は小碓命を・・・小倶那を殺せないだろう) そんなことはわかりきっていた。 遠子は小倶那が好きなのだから。 わかっていて一人で行かせたのは、そうしなければ、遠子が永久に小倶那にとらわれたままになると思ったからだった。 二人がうまくいくならそれでいい。 うまくいかなければ、すべてを終わらせて遠子を連れて帰る。 菅流が考えているのはそれだけだった。 (どちらにしろ、遠子は必ずここへ戻る。おれと約束したのだから。必ず戻ると) 心の中で、菅流は小さくつぶやいた。 と、そのときだった。 「きゃ!」 声がした、と思うと同時に、菅流の上に人間が降ってきた。 降ってきたのは遠子だった。 遠子に押しつぶされるようにして、菅流は仰向けに砂浜に横たわった。 「遠子」 菅流が声をかけると、遠子は今気づいたというように目を見開き、みるみる青ざめた。 「菅流・・・」 そして、自分の首にかけた御統をつかむと、別の場所へ飛ぼうとした。 「おい、待て!」 菅流はあわてて遠子の腕をつかんだ。 ぎりぎりのところでなんとか間に合い、菅流は遠子と一緒に空間を跳んだ。 二人が出たところは、見知らぬ小さな漁村の海辺だった。 「遠子、いったいどうしたんだ」 菅流が言うと、遠子はぼろぼろと涙をこぼしてしゃくりあげ、ただ首を横に振った。 これはしばらくは何を言ってもだめだろうと察した菅流は、遠子を抱えて座り込んだ。 いつかの夜のように、上掛けの布でくるみこんで抱きしめてやると、遠子はようやくしゃくりあげるのをやめた。 「・・・だめだったの」 「ああ」 「・・・わたし、小倶那を殺せなかった」 「そうか」 菅流がうなずくと、遠子は驚いたようだった。 「どうして怒らないの」 「どうしておれが怒るんだ」 「だって・・・」 遠子はうつむいた。 「えらそうなことを言って、菅流をさんざん振り回したのに、結局何もできなかったのよ。だから、菅流に合わせる顔がないと 思って、菅流がいないどこかへと念じて跳んだの。そうしたら、菅流のところに跳んでしまった・・・」 「おまえは、本当に方向感覚のないやつだな」 菅流は苦笑した。 「おれはかまわないさ。小倶那を殺そうが殺すまいが、遠子が約束を守って戻ってきたんだから」 そして、菅流は遠子の首から御統をはずした。 菅流の手の上でも、御統は輝きを失わなかった。 「ちょっと後始末をしてくる」 「菅流」 遠子の蒼白な顔を見て、菅流はうなずいた。 「大丈夫、殺しやしない。要は剣を破壊すればいいんだろう」 そう言うが早いが、菅流は空へ舞い上がった。 それはすぐに見つかった。 暗闇の中でかすかな光を放っている。 菅流はそこへ跳んだ。 そこには、壊れかけた船と、けがをして気を失っている少年と、剣があった。 (これが遠子の幼馴染か・・・) 菅流は小倶那とおぼしき少年の顔をまじまじと見た。 顔立ちの整った少年だった。 菅流も見た目の悪い方ではないが、少年は非の打ち所のないほど端正な顔立ちをしていた。 菅流は落ちている剣に御統で触れた。剣は見事なまでに粉々になった。 (あとはこいつの始末か・・・) 菅流は逡巡したあと、小倶那をかかえて空へ上った。 思ったとおり、少しはなれたところに別の舟が見える。 立派な身なりの兵士から判断して、小碓命の部下たちに間違いないだろう。 菅流はいっきに舟の上に舞い降りると、驚愕する兵士たちの前に小倶那を横たえた。 そして、何か言われるよりも早く、空間を跳んだ。 菅流が遠子のもとへ戻ると、遠子はまったく身じろぎしていないのではと思えるほど同じ姿勢で菅流を待っていた。 菅流は微笑んだ。 「全部片付けてきた。剣は壊した。あいつは部下たちのところへ運んだ」 「・・・ありがとう」 遠子は菅流と目を合わせずに小さくつぶやいた。 「これからどうする。御統の力も残っているようだし、いっきに伊津母へ帰るか」 菅流の言葉に、遠子は首を振った。 「できないわ」 「なら、みやこに戻って、あの小屋でしばらく暮らすか」 だが、また遠子は首を振った。 「無理だわ。知っている人がいるところには戻りたくないの。ごめんなさい」 遠子の言葉に菅流は一瞬考えこみ、それから言った。 「なら、ここに住むか」 「ここに?」 遠子の声が少し大きくなる。 「ああ。小さな漁村だが、頼めば小屋のひとつも貸してもらえるだろう。遠子の気が済むまでここにいればいい」 菅流の言葉に、遠子はあっけにとられたようだった。 「本気で言っているの?」 「ああ」 「菅流はどうするの?」 「もちろん、ここまできたらもうとことんつきあうさ」 菅流がうなずくと、遠子はほっとした顔をした。 「ありがとう」 今度は菅流の目を見て、遠子が言った。 「じゃあ、さっそく行くか」 菅流は歩き出そうとして、遠子の裳裾に目をやりぎょっとした。 遠子の裳には、血の跡があったのだ。 「どうした。けがをしていたのか?」 「これは・・・違うの」 「違うって、じゃあなんだっていうんだ」 そう言ってしまってから、菅流ははっとした。 (まさか・・・) 菅流がうろたえていると、遠子が小さく笑った。 「大丈夫。約束を果たしたからよ」 菅流には遠子の言葉の意味がわからなかったが、一刻も早く遠子を着替えさせ、休ませてやらねばならないと思い、 漁村へ急いだ・・・。 (続) TOPへ戻る