銀のガチョウ 3

盗賊ロジャーの根城に向かうため、メアリたちは旅支度を急いでいた。

祖母がさらわれたのを知り、すぐにも旅立とうとしたメアリだったのだが、旅の準備に
時間がかかることと、同行するエドワードたちの仕事の引継ぎの都合もあり、出立は
三日後ということになったのだ。

メアリは何度目かの荷物確認をしていた。

「あー、なんか忘れ物してる気がするのよね。なんだろ」
メアリのひとり言に、アンナが律儀に返答を返した。
「最低限必要なものはわたくしがご用意いたしましたけれど・・・」

「うん、アンナが準備してくれたもので旅支度そのものは問題ないとは思うのよね。
ただ、それ以外になにかがいるような気がして・・・・」
メアリは考え込んだ。
「そうだ、ひまつぶし用にトランプとかあった方がいいんじゃない?もしかしたら道中
けっこう暇かもしれないし、話が弾むようなメンツでもないしね。あと、おやつも
持って行ったほうがいいわね。保存のきく最高級の焼き菓子を父さま付きの料理人に
用意してもらいましょ。父さまのせいでこんなことになってるんだから、それぐらいして
もらわないとね」

「姫さまったら」
アンナはおかしそうに笑った。
「わたくし、姫さまのそういうところが大好きですわ」
メアリは少しだけ笑って見せた。
「ありがと。ていうか、それ、ほめているのよね?」
メアリが尋ねると、アンナは大きくうなずいた。
「もちろんですわ。姫さまはどんなときでも落ち着いていらして、前向きで。どうすれば
よりよい状況になるかを考えていらして。わたくし本当に尊敬していますの。きっと
姫さまの求婚者の皆様も、姫さまのそんなところがお好きなのかもしれませんわね」

「それはどうかしらねえ」
メアリは首をかしげた。
「ほんっと理解できないのよね、正直。わたしって特に美人でもないし、気立てがいい
わけでもないし。そもそもめったに笑わないような女だし。なんで私と結婚したいのかしら。
セシルはちっちゃいときから一緒だからアヒルの刷り込みと同じだとしか思えないんだけど。
アベルは、すごく優しい人だから、わたしみたいな変な女についついかまってしまうの
かしらねぇ。それから、エドワードは・・・まあ、あの人はお金と身分が欲しいって言ってる
からわかりやすいけど」

メアリはぶつぶつ言いながら眉をしかめ、髪をわしわしとかきむしった。
「なんかわかっててもはっきり言われるとむかつくわね。お金と身分がほしいって何よ」
「姫様ったら。せっかくのきれいな金髪ですのに、そんなにぐしゃぐしゃになさって」
アンナがすかさずブラシを持って、メアリの髪をとかしはじめた。
「エドワード様はあんなことをおっしゃっていましたけれど、姫さまのことをお好きだと
思いますわ」

メアリは首を横に振った。
「それはないでしょ。エドワードには、わたしのことを好きじゃないってはっきり言われた
ことがあるもの。アンナだって知ってるでしょ」
「もちろん、それは覚えておりますわ。でも、本当はエドワード殿は姫さまのことがお好き
なような気がしてなりませんの。女の勘と申しましょうか・・・」
「女の勘か〜。わたし、そういうの全然わからないのよねえ。女の勘って、どうやったら
鍛えられるのかしら?やっぱり経験を積むしかないのかしら。そうなるとわたしみたいに
恋愛しにくい環境にいる人間は不利だわね。うーん、どうしたらいいのかしら・・・」
メアリの真剣なつぶやきに、アンナがまたおかしそうに笑った。



   *


別室では、メアリの求婚者3人が大きな長机で夕食をとっていた。
メアリの求婚者という点以外に共通点のない3人に会話があるはずもなく、沈黙だけが
続いていた。

「そういえばさー、ちょっとききたかったんだけど」
スープを飲み終わったセシルが、めずらしく口を開いた。
「エドワードってさ、なんでメアリと結婚したいわけ?」

スープを飲んでいたエドワードはスプーンを置き、セシルを見た。
「姫の前でも申し上げたはずですが。お金と身分がほしいのですよ」

エドワードの答えに、セシルは眉をしかめた。
「だったらさ、メアリじゃなくたっていいじゃん?女官の噂をきく限りじゃ、おまえかなり
モテるんだろう?大貴族の娘でもなんでも捕まえて結婚すればいいじゃないか。
メアリは王族と言ってもそんなに持参金があるわけでもないし、なまじ王族なだけに
いろいろめんどうなこともあるし。普通の貴族の娘の方がいいと思うけどね」

セシルはそこまで言うと、エドワードをにらみつけた。
「ていうか、メアリのことを好きじゃないならひっこんでろって話。なんだったらおれが
貴族の娘を紹介してやってもいい。どうしても王族の娘じゃなきゃいやだって言うなら、
王族の娘を紹介してやったっていい。だから、金と身分だけが目当てなら手を引いて
くれないか。おれはメアリじゃなきゃだめなんだ。子どもの頃からずっと好きだったんだ、
手に入れるためならライバルをぶっつぶすのだって手加減はしないよ」

エドワードは表情を変えずに静かにセシルを見た。
「なんだよ」
「いや、セシル殿は本当にメアリ姫のことがお好きなのだなと思っただけですよ」

エドワードは静かに言った。
「実は、わたしは以前、メアリ姫に『お嫁さんにしてほしい』と言われたことがあるのですよ」
「はあ?なんだよそれ」
「それはいつのことです?」
それまでは静観していたアベルも我慢できなくなったように会話に加わった。

エドワードは無表情のまま答えた。
「今から7年前のことです。わたしが20歳、姫が9歳のときでした」
「なんだ、ずいぶん昔の話だな」
セシルがほっとしたように、だが少し悔しそうに言った。
「それで、エドワード殿は何と答えたのです?」

アベルに続きを促され、エドワードはスープの皿を見つめながら言った。
「それは無理です、とお答えしました。年齢も身分も違いすぎると。すると、姫は、
自分のことを好きかとお尋ねになりました。結婚はできなくても、妹のように好きと
思ってはくれないかと」
エドワードは目を伏せ、苦笑した。
「それでわたしはこう答えたのです。『姫は自分がお守りすべき大切な方ですが、
好きなどという感情はございません』と」

エドワードの言葉に、セシルはあきれたように笑った。
「バカだな、おまえ。子どもの言うことなんだから、適当にうまいこと言っておけば
いいものを」
エドワードはうなずいた。
「そうですね。ただ、そのときは、王家の方に対して、好きだとか妹みたいだとか、
そんな感情を表に出すことは不敬だと考えていたのですよ」

エドワードは自嘲の笑みを浮かべた。
「でも、後でずいぶん後悔しました。なぜなら、その日を境に姫がわたしに笑ってくださる
ことはなくなったからです。それまでは、姫さまの護衛についたわたしを気に入ってくださり、
ときどきは笑顔も見せてくださっていたのですがね」

セシルは口をとがらせた。
「まあ、あんたの自慢話だか思い出話だかはわかったけどさ、で、今はどうなわけ?
なんで今更メアリの求婚者になろうと思ったのさ」
エドワードは笑った。
「ばかげていると思われるかもしれませんが、姫の笑顔をもう一度見たかったのですよ。
姫の護衛をやめると姫を脅して、そうしてでも姫の笑顔をもう一度見たかった。誰か他の
人に向けての笑顔ではなく、わたしに向けてくださる笑顔を見たかったのです。おかげさま
で、無理やりにではありますが、7年ぶりに姫の笑顔を見ることができました」

エドワードが言うと、セシルはおもしろくなさそうに腕組みをして言った。
「じゃあ、もう満足しただろう?ひっこんでくれないか」

セシルの言葉に、エドワードは嫌味なほどにっこり微笑んだ。
「満足などできるはずがないでしょう。わたしにはひきつった作り笑顔しか見せてくれない
のに、セシル殿やアベル殿には素直な笑顔を見せている姫を見たら悔しくなりましてね。
せっかくなので、やれるところまでやってみようかなと思いました。7年前は犯罪的な年の差
でしたが、姫が16歳になられた今ではその障害はありませんし、わたしがこの勝負に
勝てば身分の問題もなくなる。わたしは姫の伴侶となるための身分とお金がほしいのですよ。
ですから、あなたがたには負けません」

セシルはエドワードをじっとにらんでいたが、ふいににやりと笑った。
「なんだ、結局おまえもメアリが好きなんじゃん。そうならそうと言えよ。メアリのことが
好きでもないのに求婚する奴はぶっとばすつもりだったけど、メアリのことが好きだと
いうなら求婚者として認めてやるよ。まあ、もっとも、最後に勝つのはおれだけどね」
「わたしは、いまのところ一番勝算があるのはアベル殿だと思いますがね」
「えっ、ぼくですか?」
いきなり名前を呼ばれて、アベルは整った顔をわずかに赤くした。
「そうですよ。わたしは姫に嫌われていますし、セシル殿は恋愛対象外。一番勝算が
あるのはあなたでしょう、アベル殿。姫もあなたには心を許している様子。でも、負ける
つもりはありませんがね」
「おれだって負けるつもりはないね。ていうか恋愛対象外じゃねーからな」


そして、また沈黙が戻った。
やっと話が終わったのを見てとって、テーブルの脇で冷や汗をかきながら3人を
見守っていた給仕係が次の料理を並べた。
温かかったはずの料理も、すっかり冷めてしまっていたが、3人は文句も言わずに
もくもくと食べ、食事が終わるとさっさと席を立った。

給仕係は皿を片付けると、厨房に飛んで戻り、今きいた話を仲間にきかせた。

そうして、一夜のうちに、メアリ姫をめぐる3人の男達の熱い戦いの噂が城中を
かけめぐたのだった。

(続く)




   *       *

<コメント>

はい、相変わらずの駄文ですみません。
あうー、盗賊ロジャーが早く書きたいのに、なかなかそこまでたどりつけない。。
のんきに夕食とか食べてないで早く旅立てや!って感じですが(汗)

今回はエドワードさんの気持ちを書きたくて書いてみました。
エドワード、いいと思います。強くてかっこよくて不器用な武官。
セシルもきらきら美少年という設定なので、観賞用にはいいだろうな。
あと、アベルさんは、現実的に考えれば一番理想だと思います。
穏やかで優しくて理解があって男前!いいな〜!(笑)

ネオロマばりに男前わらわらになってきています(笑)
でも、なかなかかっこよく書いてあげられないので、ちょっとでもかっこよく
書いてあげられるといいな〜と思います。

駄文を読んでくださってありがとうございました!

2006.07.01





ぴっころオリジナルへ

あたそのやメインページへ