銀のガチョウ 1

序

ある国に、生まれてから一度も笑ったことがないお姫様がいました。
そこで、心配した王様は国中におふれを出しました。
「姫を笑わせた男に、姫を与える」と。


1、	おふれ

「なにこのおふれ、笑えるわね」
メアリは笑いながら侍女のアンナにおふれの書かれた巻紙を手渡した。
「わたしちゃんと笑えるもの、ねえアンナ」
「ええ」
メアリ付きの侍女のアンナは曖昧に微笑んだ。
「姫様はわたくしには笑ってくださいます。それはとてもありがたいこと
ですわ。でも、王様も姫様のことを心配なさってこのようなおふれを
出されたのですから・・・」

「だから、それが大いなる勘違いだって言うのよね」
メアリはため息をついた。
「お父様の前では笑わないだけで、好きな人の前では笑えるもの。
ったく、冗談じゃないわ。考えてもごらんなさいな。これからたくさんの
男たちがわたしを笑わせにくるわけよ。つまんない冗談なんかを
延々きかなきゃならないにきまってるわ。そんなのまるで拷問じゃない。
しかも、もしおもしろかったらそれはそれで大変よ。だって笑ったら
その男の妻にならなきゃいけないのよ。うっかり変な男の前で
笑ってしまったら、わたしの人生お先真っ暗よ」
「姫様・・・」

「跡継ぎの兄上がいらっしゃるのだから、わたしを妻にしたって
王座を継げるわけでもないじゃない。わたしを妻にしていいことと
いえば、持参金か王の親族になれることくらいでしょう。金目当ての
男か身分目当ての男か。どちらにしろ最悪よ」

メアリは吐き出すように言った。
「もうお父様にはうんざり。いままでもうんざりだったけれど、
今回は堪忍袋の緒が切れたわ。娘の結婚を何だと思ってるの
かしらね。あー、やだやだ」
「メアリ様ったら」
アンナはくすくす笑った。
「大丈夫ですわ。姫様は本当に限られた方の前でしかお笑いに
なりませんもの」

「まあね」
メアリは頭をかいた。
「たいていの冗談じゃ笑わない自信はあるけどね」
メアリは周囲の誰もが認めるほど冷めた性格の姫だった。
もっとも、父親をはじめとする親族が無駄に熱い人ばかりなので、
余計に冷めてしまったのだが。
「とりあえず、変な男の妻にだけはならないようにがんばるわ」
メアリはため息をつきながら言った。

*

おふれに指定された日になると、城に庭にたくさんの男たちが
集まった。
多くの男たちの中から、笑いに精通した道化師達が選んだ10名と、
城の役人たちと女官たちが選んだ3名だけが、メアリの前まで来て
パフォーマンスをできることになっていた。

メアリがバルコニーから城の庭を見下ろしていると、どの男もメアリを
笑わせようと、さまざまなパフォーマンスをしはじめた。
中には金のガチョウを抱いたのっぽの若者もいた。
ガチョウの後にはなぜか変な行列ができている。
目はひかれたものの、おもしろいとは思わなかった。


*


「さて、もう終わり?」
城内では、道化師達が選びぬいたという10名がメアリの前で
パフォーマンスを終えていた。
幸い、どの男も全く面白くない。
メアリはほっと胸をなでおろした。

残るは役人と女官が選んだ3名だ。

一人目は驚いたことにアベルだった。

アベルというのは、メアリがお忍びで遊びまわっていたときに
知り合った、長年の友人だ。
農村の裕福な大地主の息子で、お城で暮らしていたのではわからないような
ことをたくさんメアリに教えてくれた。
今年で18歳になるはずだ。
メアリより二つ年上で、メアリが兄のように慕っている存在なのだが。
まさかここに来るとは思わず、アベルが立っているのを見つけて
仰天したメアリだった。

「アベル。あなたがここに来るなんて思わなかったわ。
あなたはお金や身分にこだわる人ではないでしょう。
どうしてこんなところへ来たの?」

「どうしてって、決まっているじゃないか」
アベルは柔らかく微笑んだ。
髪と同じ色のアベルの栗色の瞳はただただ優しくメアリを見つめている。

アベルは整った顔に柔らかい空気をまとった人で、いつもメアリは
癒されるのだが、今日はのん気に癒されている場合ではない。

「だから、どうして? 本当に理由がわからないんだけど」
メアリがさらに追及すると、アベルは苦笑した。
「ひどいな。ここに来たということは、きみをぼくの妻にもらいたい
からに決まっているじゃないか」
「え?」

メアリの思考は完全に停止した。
背が高く、顔立ちも整っていて、優しいアベル。
裕福な家に生まれたこともあり、農村の女の子ならどんなに
かわいい子も彼になびかないはずはないのだが。

「言っておくけど、わたしと結婚してもそんなにいいことなんてないわよ?
姫を妻になんて言ったって、変な気苦労が増えるだけだし、
悪いことは言わないからやめておいたほうが・・・」

「ぼくはきみと一緒にいたいんだ」
アベルはきれいな笑顔を浮かべて言った。
「身分違いだし、無理なことだと思っていた。でも、今回のおふれを見て、
チャンスだと思ったんだ。ぼくはおもしろいことを言ってきみを笑わせる
ことはできないけれど、きみを微笑ませることはできると思うんだけど。
どうだろう」
「もう・・・」
メアリはあきれて見せたものの、アベルの気持ちがうれしくて微笑んだ。


「わ、笑ったー!!」
少し離れた席から見ていた父王や大臣たちが飛び跳ねている。
メアリは顔から笑いを消して言った。
「ええ、確かに笑ったわよ。だからこの人は合格。
でも、まだあと二人いるのよね」
言いながら、メアリはこめかみを押さえた。
「ああ、もう。はい、あなたの番よセシル」

「ああ」
柔らかそうな金髪をかきあげながら立ち上がったのはメアリの従兄弟の
セシルだ。
メアリと同い年だが、きらきらまぶしい美少年で、城の女官たちの
ハートをがっちりつかんでいる。

「で、なんでここにいるわけ? あんたはわたしと結婚してもいいこと
なんてないでしょう。お金も身分ももう持ってるじゃない」

メアリが叱りつけるように言うと、セシルは流し目で微笑んだ。
「だからいつも言ってるだろ。メアリのことが好きだって」
「寝言は寝て言えって、習わなかった?」
「嘘じゃないって。子どもの頃から毎日ずっと言い続けてるのに、
なんで信じてくれないかな?」
「毎日言うほうがおかしいからね」
「まあいいじゃん。さっきのあいつも合格なんだろ。
おれもメアリを笑顔にできるんだから、おれも合格にしてくれよ」
「無理」
「なあ、メアリ〜。お願いお願い〜」
満面の笑みのセシルに子犬のような目で見つめられて、
メアリは思わず苦笑した。
いつもこの従兄弟には負けてしまうのだ。

「・・・しかたないわね。わかったわよ。じゃあ、とりあえずね」
「わーい、メアリ大好きだぜ〜!」
セシルはそう叫ぶと、メアリに抱きつき、メアリのほほにキスをした。


「ま、また笑ったー!!」
離れた席ではまた父王や大臣たちが大騒ぎだ。

そんな騒ぎを無視して、メアリは最後の一人を呼び入れた。

その男の顔を見てげんなりする。
「最悪」
「いつもお世話になっております、メアリ姫様」

最後の一人は、長年メアリの護衛官を務めているエドワードだった。
メアリより10以上年上の武官で、細身の割に、鋼のように強い男だ。
王城に務めているだけあり、容姿は精悍で、彼の黒髪の下からのぞく
緑の瞳に心奪われる女官も多いという噂だ。
部下からも慕われているようだが、笑顔の裏で何を考えているのか
わからない。
だが、メアリはこの男の護衛なしには城の外に出ることはできないのだ。


「目的はなに。お金? 身分?」
「両方です」
エドワードはさらりと言ってのけた。
「笑わないって言ったら?」
メアリが口をとがらせると、エドワードは嫌味なほどにっこり笑った。
「もう姫のお忍びの護衛はいたしません」

メアリは頭を抱えた。
これは脅しだ。
もちろん、エドワードの任を解いて別の者に護衛を任せてもよいのだが、
エドワードほど信頼できる護衛が他にいないのも事実だった。
しかも、彼はメアリのお忍びをほとんど許容してくれるのだ。
新しい護衛が彼のようにお忍びに寛容だとは限らない。

そう考えて、メアリはやむを得ず、口を笑みの形に捻じ曲げた。
「これでご満足いただけるかしら?」
「ええ。ありがとうございます、姫」
エドワードは微笑むと、メアリの手をとって口付けた。


かくして、メアリの父王の思いつきのおふれにより、
メアリの夫候補が3人誕生したのだった。

(続く)


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<コメント>
ちょっとぶっとび系のお姫様を書いてみたかったので、書いてみました。
金のガチョウのモチーフもずっと使ってみたかったので、
書けてうれしいです。
相変わらずのおそろしいほどの駄文ですが・・・(汗)

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました♪







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