みみきさ日記


        

 

耳氏v象子の二次創作です。

「豊青姫の配下の耳氏と象子って、気も合いそうだし、お似合いですよね♪」
と某さんと意気投合した勢いで生まれました。
姫君と下僕という萌えツボのようですv

(今回メンテするにあたって読み返してみたところ、うちの耳氏は
「遥かなる時空の中で3 十六夜記」の銀さんに似ているようです。
書いた当時はゲーム未プレイだったのですが、ツボはかぶるものですね・笑)

 




象子の日記1・視線
at 2004 02/28 00:56 編集

その顔を見た瞬間、象子はまずいと思った。


ガマ男、だった。

菅流が遠子と一緒に行ってしまってもう長い。

菅流がいないので、最近ガマ男が幅をきかせているのだ。


ガマ男はにやっと気味の悪い笑みを浮かべて象子に向かって近づいてきた。

だが、そのとき。


ガマ男の姿を、すらりと黒い影がさえぎった。
象子をかばうように立ちはだかったのは、「耳」だった。


「な、なんだよ、おまえは!」
ガマ男は「耳」に向かってせいいっぱい声をはりあげた。
だが、「耳」は何も返答しなかった。

菅流なら、相手を挑発するような台詞を言うところだ。

だが、耳は静かにガマ男を見ているだけだ。
ただ見ているだけ、なのに。
ガマ男は明らかに「耳」を恐れていた。

そして、ガマ男はなにかぶつぶつつぶやきながら、さっさと逃げていった。

象子がほっと息を吐くと、「耳」が振り返った。
切れ長のまなざしからのぞくのは、鋼のように鋭い視線。
だが、その視線の先に象子をとらえると、「耳」は小さく微笑んだ。

「象子姫、ご無事ですか」
「あなたがいるなんて思わなかった」
象子はぶっきらぼうに言った。

「すみません。ご気分を悪くなさいましたか」
「そうじゃないわ。ただ・・・」
象子はうつむいたまま言った。
「耳殿はいつもわたくしについていたのかしら、と」
象子の問いに、耳は小さくかぶりを振った。
「いえ、私は豊青姫様の耳ですので。今日は豊青姫様に命じられていたのです。
なんだかいやな予感がするから象子姫のお供をしろと」
「そうなの・・・」

それが当たり前だと思いながら、象子はなぜかがっかりしていた。
そして、そんな自分を不思議に思ったのだった・・・。


 



象子の日記2・手当て
at 2004 02/28 19:54 編集

象子が川辺で洗濯をしていると、めずらしく「耳」がやってきた。
いつも黒っぽい着物をきて、体つきがしなやかなので、すぐにわかる。

ここ数日、耳の姿を見ていなかったので、象子は笑って挨拶しようとした。
だが。
耳の左腕を見た瞬間、象子は凍りついた。
「どうしたの・・・」
耳の左腕からは、だらだらと血が流れていた。

耳は象子がいることに今気がついたというように顔をあげた。
そして、少しだけ微笑むと踵を返し、象子に背を向けて歩き出した。

「待ってよ」
象子は洗濯物を放りだして耳を追った。
すぐに追いついて、象子は耳の怪我をしていないほうの腕をつかんだ。
「待ちなさいったら」
「象子姫、さわってはいけません」
耳は首だけで振り返って言った。
「あなたがいらっしゃるとは思わなかったのです。申し訳ありません」
「何を謝っているの」
象子は地団駄をふんだ。
そして、なんだか自分が遠子に似てきたようだと、こんなときなのにおかしくなった。

象子はしかめっつらをやめて、優しく笑った。
「手当てしましょう。きて」
「だめです、あなたが汚れてしまう」
「かまわないわ」
象子があっさいと言うと、耳は目を見開いた。

象子は川の水で耳の怪我を洗い、薬草と布で手際よく手当てをした。
こういったことは、三野にいるときにしっかり身につけさせられていた。

ふと、顔をあげると、耳が不思議そうに象子を見ていた。
「同じ巫女姫でも、あなたは豊青姫さまとはずいぶん違うのですね」
耳は静かに言った。
「わたくしががさつだといいたいの」
象子が口をとがらせると、耳は首を振った。
「豊青姫さまは穢れにはふれません。穢れはあの方のお体を弱らせます。他者の怪我など、
ご覧になることさえいけないのです」

「それってなんだかずるいわ」
象子は言った。
「あなたが怪我をしたのは豊青姫さまから命じられた仕事をしたからなのでしょう。それ
なのに、ずるいわ」
象子はもう、自分が何を言っているのかわからなかった。
心の中にある感情が何なのかわからなかった。

憤りなのか、哀れみなのか。
もしかしたら嫉妬だったかもしれない。

自分でもわからない感情の渦に流されるまま、象子は泣いていた。

「象子姫」
泣き顔を見られたくなくて必死でうつむいていた象子に、耳が右手を伸ばしてきた。
耳は、象子の頭をなでた。
象子が驚いて顔をあげると、耳はあわてたように手をひっこめた。
「申し訳ありません」
「やめないで」
「え?」
「謝るくらいなら、やめないで」
象子は耳の右手をつかむと、自分の頭にのせた。

耳は象子の言いたいことを理解したらしく、破顔して再び象子の頭をなでた。
そして、言った。
「象子姫はお優しいのですね」
「うそ。そんなこと、生まれてこの方言われたことがないもの」
「そうなのですか?」
象子が何気なく言った言葉に、耳のほうが驚いたようだった。

象子はなんだか照れくさくなって、あせって言葉を続けた。
「そうよ、わたくし、性格が悪くてかわいくないので有名だったんだから」
「そんなことは・・・」
「いいえ、そうなのよ。自分でもわかっていたの。せめてもう少し美人だったらね
。お姉さまくらい美人だったら、わたくしみたいに性格が悪くても人に好かれたかも
しれないわ」
象子はくすくす笑った。
「伊豆母にきて、わたくしのことをべっぴんと言ってくれる人もいたけれど、それは本当の
美人を知らないからだと思うわ。お姉さまの横に並んだら、わたくしなんて取るに
足らないものよ」
耳は、黙って小さく首を振った。
象子は自嘲的に笑った。
「しかもね、結局男って、べっぴんで性格が悪い女より、一生懸命でひたむきな子が
好きなのよ。確かに、わたくしが男でも、わたくしのような女は選ばないと思うけれど」

「もういいです」
耳は静かに言った。
「ずいぶんおつらい思いをされていたのですね」
耳の声は優しかった。
象子は余計に涙が出そうになり、あわてて言った。
「あ、誤解しないで。つらいことばっかりだったわけじゃないの。優しい姉さまだっていたし、
それに」
必死に言葉を継ぐ象子に、耳は少し両腕を広げて見せた。
それを見たら、象子はもう何も考えられなくなってしまった。
耳の左手の怪我を気にしながら、象子は耳の胸に飛び込んだ。
そんな象子を耳はやわらかく抱きしめてくれた。
「すみません」
「どうしてあなたが謝るの」
象子は言って笑った。

「象子姫はお優しいです」
耳の言葉に、象子は笑った。
「そんなことないの」
「いえ、お優しいです」
耳は象子に言い聞かせるように言った。
「象子姫はお美しいです。他の女性と比べたりしなくても、わかります。象子姫はきれいです。
本当です」

この人は本心から言っている、と象子は狼狽した。
お世辞でない言葉で、ここまで素直にほめられたことがなかったので、象子は顔を赤くした。
「あ、ありがとう」
象子がぎこちなく礼を言うと、耳は腕を離し、身を引いた。
「申し訳ありません、失礼なことをいたしました。仕事に戻ります。傷の手当てをありがとう
ございました」
耳はそう言うと、あっという間に身を翻して象子の部屋から出て行った。

残された象子は、少し考えてから、とにかく出しっぱなしの薬草を片付けることにした。
片付けながら、なぜだか身に触れる空気があたたかいようだと思った・・・。






象子の日記3・火事
at 2004 05/23 00:55 編集

小碓命が伊豆母の国長の屋敷へやってきた。

小碓命は豊青姫とも話をしにきたので、豊青姫の側についていた象子も、いやでも彼の顔を
見ることになった。
象子は顔を隠していたので、小碓命は象子には気がつかないようだった。

象子はどうしたらいいのかわからなかった。

自分のふるさと三野を滅ぼした小碓命、いや小倶那がすぐそこにいる・・・。

小倶那のことは、昔から気に入らなかった。
遠子、遠子と、遠子のあとをついてまわる男の子。
遠子と小倶那はいつも一緒だった。

だが、象子にはだれもいなかった。
優しい姉は、巫女の修行のため、いつもそばにいてくれるわけではなかったし、姉と比較されて
蔑まれるときには、姉のことを疎ましくさえ思った。

その小倶那は、今、皇子らしい風格と気品を漂わせ、堂々と座っていた。


小碓命が部屋を出て行くと、豊青姫は涙をこぼした。
そして、象子に言ったのだ。
彼を恨まないであげてほしいと。


何がなんだかわからなかった。
象子は、豊青姫から顔を背け、涙を隠して退出した。
そして、部屋を出ると、足音も気にせず駆け出していた。
耳とすれ違ったような気もしたが、顔は上げられなかった。

自室に飛び込むと、象子は戸を閉め、寝台に倒れこんだ。
そして、声の限りに泣いた。

もう何が悲しくて何が悲しくないのかわからないほどだった。

確かに、豊青姫様は繊細だ。
小碓命には彼なりの悲しみがあるのだろう。
だが、豊青姫は象子の悲しみには気づいてくれないのだろうか。

象子には、日ごろ一緒にいる自分よりも、小碓命に肩入れした豊青姫が悲しかった。
一言で言えば簡単なことだった。
象子は小碓命に負けたのだ。
豊青姫はずっと一緒にいた象子よりも、一度しか会っていない彼の肩を持ちたいと思ったのだ。

(結局わたくしはいつもそう・・・だれにも大事には思われないのだわ)
菅流の顔がちらりと頭に浮かんだ。
象子のことをべっぴんだと言った菅流。
だが、彼が大事にする女の子は遠子なのだ。

象子は泣いた。
故郷を思って泣いた。
小碓命をうらんで泣いた。
豊青姫がひどいと泣いた。
菅流なんてもうしらないと泣いた。

泣いて泣いて、泣きつかれて少しぼんやりしていた象子は、異変に気づいた。

変なにおいがした。
なんだか焦げ臭い。

「まさか・・・」
象子は戸に走りより、いっきに開いた。

戸を一枚隔てた向こうは火の海だった。
梁も一部焼け落ちて、とても歩ける状態ではない。

象子はあわてて戸を閉めた。

ここから逃げ出さなくては。
でも、どうやって?
象子の部屋は、巫女の身を守るためと、板壁でぐるりと囲まれた窓のない部屋なのだ。

「だれか助けて・・・」
だれもくるわけがないと思いながらも、言ってしまう。
「わたくしを、助けて・・・!」
涙があふれる。
だれも来るわけがない。
こんな非常事態に、象子のことを思い出してくれる人などいない。
(だって、わたくしはだれにも愛されない人間なのだから・・・)

部屋の中にも少しずつ煙が入ってきて、象子は着物の袖で口と鼻を覆った。

菅流。彼はどうしているだろう。
きっと遠子を助けている。

耳。彼はどうしているだろう。
耳は象子に優しかった。
象子を守ってもくれた。
だが、それは豊青姫の命じたことだから。
だって、彼は豊青姫様の耳なのだから。

こんな非常事態に、彼は象子のところに来るわけがない。
彼が助けるのは豊青姫様だ。
だって、彼は豊青姫様の耳なのだから。

象子を助けになど、来るわけがない。

だれも、来るわけがない。

それでも、象子は叫ばずにはいられなかった。

「だれか、助けて・・・!」


その瞬間だった。
「象子姫!」
呼び声とともに、締め切っていた板戸が外側から開いた。

「やはりこちらにおいででしたか」
「耳・・・」
象子は信じられない思いでつぶやいた。
頭から水をかぶった耳が、髪からしずくをたらしながら、そこに立っていた。
ほおには煤がつき、何箇所かのやけどもあるようだった。
「さあ、象子姫、急ぎましょう」
耳はこんなときだというのに微笑んで象子に向かって両手を広げてみせた。

象子の心の中で、なにかがはじけた。
象子は耳の腕の中に飛び込んだ。

耳はすぐさま象子を抱き上げると、自分がかぶっていたぬれた布で象子を巻いた。
「苦しいかもしれませんが、少しの間だけご辛抱ください。象子姫に火傷などけっして
させませんから」
象子はこくりとうなずき、耳の首にしがみついた。

耳は燃える館の中を走った。
象子は、耳に言われて、目を閉じ、耳に全てを委ねた。


「象子姫、もう目を開けても大丈夫ですよ」
草の上におろされ、耳にそういわれて目をあけた象子が目にしたのは、火傷だらけの
耳の姿だった。
髪や着物ははところどころこげ、顔も腕も足も、あちこち赤く火ぶくれている。
「大変。早く手当てを・・・」
言いかけた象子の唇に、耳の唇が触れた。

耳は泣いていた。
耳が泣いているところを見たことがなかったので、象子は肝をつぶした。
「どうしたの、どこか痛いの?」
驚きの余り、自分でもとんちんかんなことを言っている気がした。

「象子姫がご無事でよかった・・・」
耳はそう言って象子を抱きしめた。

「あなたは豊青姫様を助けに行ったのだとばかり思っていたわ」
「本当はそうしなければいけなかったんです」
耳は言った。
「でも、できなかった。わたくしは自分の主である豊青姫様よりも、象子姫を助けたいと
思ってしまったんです」
「それじゃ・・・豊青姫様は?」
象子が青ざめると、耳は小さく微笑んだ。
「それは大丈夫です。わたしの父が・・・先代の『耳』が帰ってきておりましたから。父が
豊青姫様をお助けしたでしょう。もちろん、だからといって、わたしが罰を逃れられるわけでは
ないでしょうが」
「罰を・・・受けるの?」
象子が言葉につまると、耳は象子を励ますように微笑んだ。
「象子姫が気になさることではありません。それに、どんな罰を受けようと、わたしは
象子姫を助けるという選択をした自分に、決して後悔はしないでしょうから」
そして、耳は象子をもう一度抱きしめると、立ち上がった。

「どんな罰を受けるかはわかりません。もしかしたら、もうお目にかかることはないかも
しれません。ですから、最後に一言だけ。こんなことがなければ口にするつもりもなかった
のですが」
そう言って、耳は微笑んだ。
「わたしは象子姫を豊葦原で一番大切な女性だと思っています。姫にはいつも笑っていて
ほしいと思います」
耳は驚いて何も言えずにいる象子の頭を、そっとなでた。
「お幸せに」
そういうと、耳は踵を返し、象子に背を向けた。
「待って!」
象子は叫んだ。
涙がぼろぼろあふれていた。
さっき自室で自分をあわれんで流したたくさんの涙とはまったく別の涙だった。

「あなたが側にいてくれないのなら、わたくしは笑えない。幸せになどなれないわ」
「・・・ありがとうございます」
耳は笑ってそういうと、また象子に背を向けて歩き出した。
「いや!行かないで!」
だが、耳はもう振り返ってはくれなかった。


耳の姿が見えなくなってしまってからも、象子はその場から動けないでいた。
象子はただ、耳と過ごした日々を思い返していた。
無表情で何を考えているのかわからない人。
でも、だれよりも優しい人。

象子を大切だと、豊葦原で一番大切だと言ってくれた人。

失いたくない、と思った。
耳のいない生活など、もう思い描けなかった。

(わたくしからも豊青姫様に許しを請おう。豊青姫様はわたくしを小倶那ほどにはお好きでない
かもしれない。でも、耳に罰を与えたりしないでくださいと、耳を許してくださいと、豊青姫様に
心からお願いしよう・・・)
象子は立ち上がった。
だが、館は焼けてしまい、どこへ行けば豊青姫がいるのかわからなかった。

あてもなくうろうろと歩き回った。
だが、豊青姫や館の者は見つからなかった。

象子はもう一度、館の焼け跡へ戻ることにした。
だれか戻ってきているかもしれない。


象子が思ったとおり、焼け跡に人がいた。
その人はたった一人で立っていた。

背の高い、細身の男。
髪も着物も焼け焦げてぼろぼろの。

でも、象子が戻ってきてほしいと、心から願った人。


「象子姫!」
象子の姿を見つけて、耳がかけよってきた。
「どこへ行っておられたのです」
「わたくし・・・」
象子は耳の着物にしがみついた。
「豊青姫様に、耳を許してくださるようにお願いしようと思ったの。でもみつけられなくて・・・」
「豊青姫さまはすべてわかっておいででした」
耳は言った。
「あの方は、象子姫の悲しみも、わたしの気持ちも、わかっておられたのです」
「どういうこと?豊青姫様は罰を免じてくださったの?」
「いいえ」
耳は首を振った。
「豊青姫様はこうおっしゃいました。罰として、豊青姫の耳としての役目を剥奪すると。そして、
これからは自分の大事な人の耳として生きろと。だから、わたしは象子姫のところへ戻って
きたのです」

耳は少し不安気に目を伏せて言った。
「わたしを・・・象子姫の耳にしていただけますか?」

象子は笑った。笑うと涙も出た。
「わたくし、あなたと主従関係になりたいわけではないの」
そして、耳に飛びついて言った。
「それより、あなたの本当の名前を知りたいわ」
象子がたずねると、耳はくちづけしたときよりも真っ赤になった。
そして、小さな声で答えた。
「・・・・・・と申します」

「とってもいい名前だわ」
象子は心からそう言って、微笑んだ。














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