噂の留年生(阿高サイド) 噂の留年生(阿高サイド) 休み時間の度に押し寄せる女生徒の軍団に、阿高は心底辟易していた。 「鈴!」 女生徒の輪を抜け出して、鈴の机に向かう。 ノートに何か書いていた鈴は顔をあげ、にっこり微笑んだ。 鈴の笑顔を見ると、なぜだかほっとする。 阿高は鈴のひとつ前の席の椅子に後ろ向きに腰かけ、鈴と真向かいになった。 「まったくいやになる。おちおち予習もできない」 鈴と話したかっただけだったのだが、言い訳のようにそう言ってみた。 言ってからはっとする。 家でやって当然の予習をしていない自分が悪いのに、堂々とぐちってしまったと気がついたのだ。 きちんと予習をする鈴から見れば、阿高はあきれた存在かもしれない。 阿高はあわてて付け加えた。 「もちろん、本当は予習は家でやるべきだということはわかっているよ。ただ・・・」 鈴はくすくす笑った。 「よければわたくしのノートを貸しましょうか。阿高は次の和訳、当たるのでしょう」 「・・・ごめん、借りる」 阿高は頭をかきながら鈴のノートを受け取った。 「年上なのに、鈴にノート借りたりして、格好わるいな」 阿高が言うと、鈴は首を振った。 「阿高は弓道部でがんばっているもの。インターハイに出られるかもしれないと聞いたわ」 鈴が自分のことを気にかけてくれているという事実に、阿高は思わず微笑んだ。 「いや、まあ、もしかしたらだけどな」 「がんばってね。わたくしができることがあれば応援するから」 「ああ」 阿高はうなずくと、鈴のノートの和訳を自分のノートに写し始めた。 写しながら、ときどきちらりと鈴の顔を盗み見る。 鈴はにこにこと阿高の様子を眺めていた。 (彼女になってくれた・・・わけじゃないのか) 母を探しに行ったアメリカで、心も体もぼろぼろになっていた阿高を見守り、いつも傍にいて くれたのは鈴だった。 アメリカに住んでいた鈴が、日本で阿高と同じ高校に通うと言ってくれたので、彼女になって くれたのだと阿高は思っていたのだが。 (態度が前とまったく同じだ・・・。やっぱりおれの思い込みだったのか) なれなれしくしすぎてはいけないので、適度な距離を保つようには努めているが、ついつい 鈴にかまってしまう阿高だった・・・。 あたそのやメインページへ戻る