噂の留年生(鈴サイド) 休み時間、鈴のクラスはとても騒がしい。 その原因は明らかだった。 たくさんの女生徒が、噂の留年生の阿高と藤太を見に来るのだ。 「鈴!」 阿高が女生徒の輪を抜け出して鈴のところへやってきた。 鈴のひとつ前の席の椅子に後ろ向きに腰かけ、鈴と真向かいになる。 「まったくいやになる。おちおち予習もできない」 阿高は頬杖をついて、うんざりした顔で言った。 そして、はっとしたようにあわてて付け加えた。 「もちろん、本当は予習は家でやるべきだということはわかっているよ。ただ・・・」 鈴は阿高のあわてぶりに思わず笑ってしまった。 「よければわたくしのノートを貸しましょうか。阿高は次の和訳、当たるのでしょう」 鈴の記憶違いでなければ、次の英文和訳は阿高が当たる番のはずだった。 「・・・ごめん、借りるよ」 阿高は頭をかきながら鈴のノートを受け取った。 「年上なのに、鈴にノート借りたりして、格好わるいな」 ばつの悪そうな顔をした阿高に鈴は首を振った。 「阿高は弓道部でがんばっているもの。インターハイに出られるかもしれないと聞いたわ」 「いや、まあ、もしかしたらだけどな」 少しうれしそうに阿高が微笑んだ。 「がんばってね。わたくしができることがあれば応援するから」 「ああ」 阿高はうなずくと、鈴のノートの和訳を懸命に写し始めた。 阿高のつむじがちょうど鈴の視線の先にくる。 色素の薄い柔らかそうな髪の毛だ。 (お母様に似た・・・のよね) 阿高と藤太と言えば、学校中で知らないものはいなかった。 人気者であることももちろんだが、二人が留年してしまうにいたった行方不明事件のせいと いうのが大きかった。 去年、鈴が勾玉学園高等部に入学前のことだが、阿高と藤太は高校1年の夏休みに アメリカに短期留学した。 そこで、阿高の母に関する事件に巻き込まれ、半年ほどアメリカに滞在してしまい、 二人とも留年することになったのだった。 そのため、もう一度高校1年生をやっているわけで、本来なら鈴の先輩になるはずなのだが、 現在こうしてクラスメイトになっているのだ。 (その「事件」にわたくしの父上が関わっていた・・・) 鈴の父は阿高の母とある関わりをもっていた。 それで、鈴は阿高たちと出会ったのだ。 阿高は鈴の父、兄、そしてなにより、鈴自身を救ってくれた。 事件がすべて終わった後、阿高はアメリカに残ろうと考えていた鈴に言ったのだ。 日本の、阿高が通っている高校に一緒に行かないかと。 「決めた?」 阿高に笑顔でそう言われて、鈴は一も二もなくうなずいたのだが。 だが、阿高の態度は前と変わらない。 てっきり、彼女になることができたのかと思ったが、鈴の思い違いだったらしい。 (わたくし、すっかり勘違いしていたのね・・・) そのことは少し鈴を悩ませたが、阿高のそばにいられるのがうれしくて、それはそれでよしと している鈴だった。 あたそのやメインページへ戻る