これは王国のかぎ・リコの日記「あこがれの人」



9月。
新学期に登校すると、わたしと宮城くんが夏休みに模試を
さぼってデートしていたという噂が広まっていた。

黒板には相合傘。
こんな子どもっぽいことをするのは、きっと男子のしわざだ。

わたしがぼんやり立ち尽くしていると、ひろみが教室に入ってきた。
「リコ、おはよう!」
ひろみはわたしの視線を追い、そして黒板のラクガキに
気が付くと、つかつかと黒板に歩み寄った。
そして、さっさとラクガキを消してしまった。

「ほら、ホームルーム始まっちゃう。席につかないと」
そう言ってひろみはにっこり笑った。

わたしはひろみの笑顔を見つめた。
どうしてひろみはわたしに笑いかけてくれるのだろう。
ひろみから宮城くんを奪ったわたしに、どうして笑いかけて
くれるのだろう。


  *


宮城くんのこと、初めはなんとも思っていなかった。
本当に普通の、クラスメイトの男子としてしか認識していなかった。

でも、親友のひろみは宮城くんと仲良くしていた。
それで宮城くんのことが気になるようになった・・・のかもしれない。

ひろみは頼りになる友人だった。
頭がいいし、人当たりもよくみんなに好かれる。
先生にも信頼されていて、いつもクラス委員に推薦される。
派手ではないけれど、きれいな顔立ちをしていて。
お父さんも立派な仕事をしていて、話を聞く限りでは家族も
仲が良さそうだ。

一方、私はといえば。
ものごころついたときから、父はいなかった。
母は水商売をして、女手ひとつでわたしを育ててくれた。
だから、母にわがままは言えなかった。

母はいつも言っていた。
「お父さんがいないからってばかにされたくないの。
父さんがいなくても、あんたを立派な子に育てたいの」
と。

だからあたしはがんばった。
いい子になれるようにがんばった。
いい子でいなくちゃ、母に嫌われてしまう。
そう思って、必死でいい子になろうとした。

でも、現実は残酷。
わたしは不器用だし頭も悪い。
母の望むような娘にはとうていなれず、母はよくわたしを
見てはため息をついた。
母がため息をつくたび、わたしの体からも空気が抜けて
いくようだった。

そんなしぼんだ風船のような気持ちだったわたしにとって、
ひろみはまぶしかった。
ひろみのようになれたら、きっとお母さんも満足してくれるの
だろうなと思った。


   *



ひろみと宮城くんはどんどん親しくなっていった。

その姿を見るたび、わたしは思った。
ひろみと入れ替わりたいと。

宮城くんのことが好きだからそう思ったのか、単にひろみの
ようになりたかったからなのか、いまではもうわからない。

とにかく、気が付けばわたしは宮城くんのことを好きになっていた。

そしてわたしは決めた。
どんどん親密さを増していくひろみと宮城くんを見て決めた。

ひろみよりも先に、宮城くんに告白するのだと。




告白はうまくいった。
宮城くんに手紙を書いたのだ。

ずっと宮城くんにあこがれていました、好きです、
付き合ってください、と。


宮城くんは返事をくれた。

告白されたのなんて生まれて初めてだと。
とてもうれしかったと。
自分でよければよろしくと。

でも、宮城くんの顔を見てわかった。
宮城くんはわたしを好きじゃない。
ただ、初めて女の子に告白されたことに舞い上がって
いるだけだ。

それでもよかった。
宮城くんの隣に立つことは、わたしにとってひろみに
なりかわることだったのだ。



だが、わたしがひろみになれないことはすぐにわかった。
会話が続かないのだ。

わたしは宮城くんのことを何も知らなかった。
宮城くんが熱く語る楽器の話やジャズの話にも興味が
もてなかった。
もちろん、笑顔でうなずいてはいたけれども。

ジャズをやりたいから進学校に行かないと言う話を
聞いたときも、なんて子どもっぽい考えなんだろうと思った。
せっかく勉強ができるんだから、進学校を行けばいいのにと
あきれた。
大人ぶったことを言っていても、きっと回りの大人に説得されて
しまうのに違いないと思った。

そう思ったわたしの勘は見事に当たり、夏休みが来る頃には
宮城くんは、
「やっぱりO高へ行くことにするよ」
と笑って言った。
O高というのは、このあたりでは有名な進学校の一つだ。
「両親に説得されてさ。進学校でも校風が自由なところを選べば
音楽はできるって。確かにそうだよな」
「そうだよね!あたしも応援するね!」
とわたしは笑って言った。


でも、そんなわたしの態度に、さすがに宮城くんも気が付いたらしい。
付き合い始めて4ヶ月目。
夏休みの土曜日の夜。
明日は模擬テストという夜に、わたしの家に電話をかけてきた
宮城くんは、真剣な声で言った。

「ごめん、別れたい」

取り乱しもせずに理由をきいたわたしに、宮城くんは言った。
「だってさ、リコはおれのこと好きじゃないだろう?」
「そんなことない、好きよ」
わたしは言ったが、宮城くんはもう信じてはくれなかった。

「ごめん、責めてるわけじゃないんだ。たぶん、おれもそうだから。
リコのことが好きだから付き合ったんじゃなくて、女の子に告白
されてうれしくて、それで付き合おうって言った。ごめん」

宮城くんは真実に気が付いてしまったのだ。
わたしのことも。自分自身の気持ちにも。

「・・・わかった」
わたしは言った。
「別れてもいいよ。でも、そのかわり、明日、最後のデートを
してほしいの」
「明日?」
宮城くんは驚いたようだった。
「だって明日は模試だろう?」

宮城くんがびっくりするのも当然だ。
二人で模試をさぼれば間違いなく目立つ。
だれかに目撃でもされれば、間違いなく噂になる。
それをわかったうえで、わたしは重ねて言った。
「お願い・・・最後だから」
涙声を出してみたら、宮城くんはずいぶん困っていたけれど、
結局承諾してくれた。


*


そうして、宮城くんとわたしは別れた。
みんながそれを知るのはいつだろう。
それを知ったとき、ひろみはどうするんだろう。

「リコ?どうしたの?今日、数学当たるでしょう。ノート貸そうか?」
ひろみがわたしの顔を心配そうにのぞきこむ。

「ありがとう」
わたしはひろみからノートを受け取った。
そして、にっこりと微笑んで言った。
「あたし、ひろみみたいな女の子になりたかったな」

今日も相変わらず、ひろみはわたしのあこがれの女の子なのだ。

(終)


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<コメント>

初めて「これは王国のかぎ」を読んでから10年近く、リコはヒロミが語る
とおりの天然で悪気のない女の子だと思っていましたが、大人になるにつれ、
「やっぱりそんなはずないよな。確信犯だよな」と思っていました。
その気持ちをふと思い出して書いてみたのがコレです。

世の中には確かに、鈍感で無神経だけど悪気のないかわいい女の子と
いうのもいるのかもしれないとは思っていますが、そういう子の80%以上は
意識ありの確信犯、もしくは無意識下の確信犯だと思っています。
無意識だけど計算していなわけじゃない、というか。そんな感じ。

でも、リコのことはきらいじゃないです。
むしろ普通の子だなと。
むじゃきな天然鈍感美少女の方がよっぽど始末が悪いので(笑)、
リコが確信犯の方が好きだなあと思いながら書きました。

もしかしたら荻原先生は本当に天然鈍感美少女としてお書きになられたのかも
ですが、そこはまあ、ぴっころの妄想の確信犯リコということでお許し下さいませ。

駄文を読んでくださってありがとうございました!


ぴっころ 拝