■ 白鳥の小部屋 ■



3、菅流の日記(小倶那決戦後) 小倶那のやつは行ってしまった。 御統の輝きも消えた。 遠子は元気がない。 昼間は小倶那の墓を作る武彦たちの世話をしているが、から元気だ。 夜になると、遠子は黙って上掛けをかぶって一人で涙をこぼしている。 「遠子。ほら」 おれは遠子の涙をふいてやり、いつものように上掛けでくるんで遠子を抱きしめてやった。 ゆっくりと揺らしてやると、遠子は少し落ち着いたようだった。 「なあ、遠子。伊津母に帰ろう。象子と一緒に暮せばいい」 おれはもう何度目かわからない提案をした。 だが、遠子はやはり首を振った。 「わたしはここにいるわ。ここにいれば小倶那が帰ってくるような気がするの」 そして、申しわけなさそうにおれを見た。 「菅流、あなたをこんなにひきとめてしまってごめんなさい。わたしのことは心配しないで。 伊津母に、象子のところに帰ってあげて」 おれは黙っていた。 そう言われても、こんな状態の遠子を残して帰れるはずがない。 どうすればいいのだろう。 どうすれば遠子は元気になるのだろう。 伊津母には帰らないというし、かといってここで小倶那の墓守をしていて元気になれるとは 思えない。 そう、小倶那だ。 遠子を元気にしてくれるのはあいつしかいないのに。 あいつしか遠子を心から微笑ませることができないのに。 小倶那。あいつがいれば。 おれ自身もそう思うことをやめられない。 もう死んでしまったのに。 なんだかどこかで生きているような気がする。 あいつがいてくれれば、と思う。 「ほら、もう寝たほうがいい。明日は完成した墓を見に行くんだろう」  「ええ」 遠子は小さくうなずいた。 「あんなに慕ってくれる部下がいて、小倶那は幸せものね」 そう言って微笑みながら、また涙をこぼした。 遠子の胸元で、輝かなくなった御統が揺れていた。 遠子を寝かしつけて、おれは天幕を出た。 遠子の言葉が切なくて、空を見上げた。 空には雲がたちこめていて、星は見えなかった。 気がつくと武彦が横に立っていた。 「遠子どののご様子は?」 武彦も遠子が心配なのだ。 「ああ。いま寝かしつけてきた」 「そうか」 武彦は少し安心したようにうなずいた。 「命がお亡くなりになった今、遠子どのを支えられるのはおぬししかおらぬ。遠子どのが ここに残るとおっしゃってくださるのはうれしいが、遠子どののためを思えば、おぬしに 伊津母に連れて行ってもらった方がいいのかもしれん」 「でも、遠子がここにいたいと言うんだ」 おれが言うと、武彦は笑った。 「なんのかんの言って、おぬしも遠子どのの言うなりではないか」 おれも笑った。 遠子のことを、初めはただの気の強い女の子だと思っていた。 一緒に旅をするうちに、妹のように大切に思うようになった。 遠子には幸せになってほしい。 「あいつ、ひょっこり戻ってきたりしないかな」 おれが小さくつぶやくと、武彦はすぐに小倶那のことだとわかったようで、何度もうなずいた。 そして、急に空を見上げて大きな声で言った。 「明日は雪になりそうだな」 そう言う武彦の目からは涙があふれだしていた。 おれは気づかないふりをして、本当だなと答えた。 帰ってこいよ、小倶那。 ここにはお前を大事に思っているやつがこんなにいる。 こんなに思われているんだから、帰ってきてもいいじゃないか。 おれは強く祈った。 もう御統の主ではないけれど。 その御統はもう輝かなくなったけれど。 それでも祈りたかった。 もし、まだおれに少しでも力があるのなら。 どうか、どうか遠子に小倶那を返してやってくださいと祈った・・・。 白鳥異伝ページへ あたそのやメインページへ