番外・阿高の日記・帰り道 at 2003 03/07 03:37 編集 鈴をさらって、おれたちは武蔵へと帰り道を急いでいた。 「少し休むか」 藤太にいわれて、おれたちは足を止めた。 藤太は真っ先に鈴に歩み寄ると、鈴を気遣った。 「大丈夫か?」 「ええ。まだまだ歩けるわ」 「・・・足を見せてみろ」 藤太は鈴を座らせると、鈴の履物を脱がせた。 鈴の足に手を当てる。 「ほら、こんなに熱をもっている。少し休んで冷やさないと足を傷めるぞ」 藤太は鈴の足を軽くもんでやっていた。 なんだかわからないけれど、胸がもやもやして、おれが黙っていると、藤太がおれの顔を見てぷっと吹き出した。 「広梨に言われて試してみたけど、本当に予想通りの反応だ」 「なんのことだ」 「だから、鈴のことだよ」 藤太は笑いながら鈴を抱え上げ、おれの背中におぶわせた。 「ほら、近くに谷川があるはずだから、鈴の足を冷やしてやるといい」 「・・・ああ。わかった」 藤太があんまり笑うので、おれはふてくされてうなずいたが、藤太はそれでもまだ笑っていた。 「本当にものすごい顔でおれを見るんだからな。心配しなくてもおれには千種がいるんだ」 「そんなこと、わかってるよ」 「わかっていてその顔か」 藤太はそう言って、笑いながらおれと鈴を見送った。 谷川へ降りていく途中、鈴がおれに話しかけてきた。 「ねえ、阿高。さっきのは何の話だったの?わたくしにはよくわからなくて」 「鈴は気にしなくていいんだ。藤太のやつ、あとでとっちめてやる」 鈴はしばらく考えるように沈黙していたが、急にくすっと笑った。 「それにしても、また阿高におぶってもらえる日がくるなんて思わなかった」 「そうだな」 おれはつぶやいた。 「必ず武蔵まで逃げ切ってみせるよ。もっとも、追っ手はずいぶんゆっくり追いかけてくれているようだけれどね」 「そうね」 鈴は笑った。 「本当にいいのか?都を捨てて、家族と離れて、本当に後悔しないか?」 「ええ。絶対にしないわ」 あまりの即答に、おれがおどろいていると、鈴はおれの耳に唇をよせてささやいた。 「覚えておいてね。わたくしは阿高といっしょにいたいの。それがわたくしの一番の望みなの」 おれは耳にかかる鈴の熱い吐息を感じながら、言った。 「それなら、いいんだな、これで」 「阿高こそ、いいの?わたくしなんかを連れてかえってしまっても?」 おれは苦笑すると、言った。 「内親王の部屋に入り込むなんてまねまでして鈴をさらったのはおれだよ。連れて帰りたいに決まっているだろう」 鈴はまたしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言った。 「ありがとう、阿高」 言葉と同時に、おれの首筋に温かな雨が数滴降ってきた。 おれは微笑んで、体をゆすって鈴をしっかり背負いなおすと、谷川への道を下った・・・。 新規投稿 先月<<過去記事 >>次月 番外・茂里の日記・旅立ち(イオさんリクエスト) at 2003 04/06 09:26 編集 「本当にいいんだな、武蔵へ帰らなくても」 無空に確認するように問われ、おれはうなずいた。 もう武蔵におれの居場所はない。 なぜなら、ニ連はもう以前のニ連ではないから。 藤太が千種に恋をしたとき、阿高はあせっていたが、もっとあせっていたのはおれだったかもしれない。 藤太に本気の恋人ができることで、ニ連の関係が変わってしまうことを最もおそれていたのはおれかもしれない。 幼いころからおれは武蔵には合わなかった。 ここはおれの居場所じゃない。 どこかもっとおれに合う場所があるはずだ。 いつもそう思っていた。 そんなおれを安定させてくれたのがニ連と広だった。 ニ連の信頼関係は見ていて気持ちのよいほどで、いつのまにかそんな信頼関係はおれたちにも浸透していったし、 広は一人では仲間に入っていけないおれをひっぱりこんでくれた。 男4人で暴れまわった。 楽しかった。 だが、藤太は千種に恋をした。 阿高は千種の存在をいやがっていたが、おれは千種を憎んですらいた。 おれたちの関係を壊す存在が許せなかった。 阿高が失踪したときには、千種が憎くてたまらなかった。 お前さえいなければおれたちは前のままでいられたのに、阿高も失踪することはなかったのにと。 だから、そんなおれが藤太に同行して北や都へ行ったのは当然の選択だった。 だが、今ではわかる。 あれは必要なことだったのだと。 あのままではいけなかったのだと。 ニ連と広とおれ。 男だけの気楽な関係はとても心地よかったけれど、あくまで少年期のそれでしかなかったのだ。 阿高は藤太に依存していた。 藤太は気軽な恋ばかりしていた。 広は弱かった。 そして、おれは甘えていた。 すべてを環境のせいにして。 周囲をばかにして。 自分を磨くこともせずに。 故郷を飛び出すこともせずに。 甘えていた・・・。 それに気がついたのは、伊勢で阿高と鈴が一緒にいるところを見たせいだった。 藤太が怪我をしたことで打ちひしがれていた阿高を、鈴はおれたちにはまねのできないやり方で、ただそばにいると いうやり方で、確かに支えていた。 それを見て、ああ、阿高には鈴が必要なんだなと、すとんと納得した。 いつのまにか千種への憎しみも消えていた。 武蔵で4人で転げまわっていたあのころ、おれたちは少年だった。 何も考えず、その日その日を楽しんでいた。 だが、痛みを伴いながら、おれたちは大人になった。 だから、おれも行く。 おれの進むべき方向へ。 無空がおれの顔を見て、言った。 「なんだか迷いが晴れたような顔をしているな」 「悟りがひらけたのかもしれない」 おれが答えると、無空は苦笑した。 「そんなに簡単に悟りをひらかれてたまるか。悟りをひらくなら海を越えてからにしろ。その方がありがたみがある」 おれは笑ってうなずき、どんどん先へ進んでいく無空の横に並んだ。 新規投稿 先月<<過去記事 >>次月 2周年番外・苑上の日記・桜の時(aiko) at 2003 09/21 08:47 編集 今日は阿高と一緒に畑仕事をしました。 阿高が耕してくれた土に、わたくしが野菜の種をまいていきました。 「収穫が楽しみだな」 と阿高が笑っていました。 帰りは少し遠回りして、川べりを歩いて帰りました。 川べりは歩いていてとても気持ちがよいので大好きな場所なのですが、途中で雨が降ってきたので、木陰で雨宿りを しました。 せっかく阿高が散歩しようといってくれたのに、雨が降ってきてしまったので、わたくしがしょんぼりしていると、 阿高はわたくしの頭をくしゃくしゃとなでていいました。 「そんな顔するなよ。夕立だからすぐにやむさ」 「ええ、そうね」 わたくしが微笑むと、阿高も笑いました。 そして、ちょっと心配そうにいいました。 「それよりも鈴、もしかして寒いのか?大丈夫か?」 「大丈夫」 そう答えたものの、雨で少しぬれてしまった着物がひんやりと体にはりついてしまっていました。 そんなわたくしの考えを見透かしたように、阿高は苦笑しました。 「鈴はすぐに顔に出るからな」 そして、わたくしのほほに手をあてました。 冷えたほおに、阿高の手はとても熱く感じられました。 「それみろ、こんなに冷えてしまっている。これで寒くないはずがあるか」 そういうと、阿高はわたくしを抱き寄せました。 じんわりとした温かさが阿高の体から伝わってきます。 はじめは表面だけだったのが、だんだん体中ほこほこしてきます。 しばらくすると、阿高はわたくしの顔をのぞきこみました。 「よかった。ほおに赤みがもどっている」 そういって、阿高はわたくしのほおに口づけました。 阿高にそうされると、さっき感じたほこほこがもっといっぱいになって、心まで温かくなってきました。 幸せだなと思いました。 「見ろよ、鈴」 ふいに、阿高が声をあげました」 阿高が指差すほうを見ると、空に大きな虹がかかっていました。 淡い淡い色。 でも、なんて美しいのでしょう。 都にいたときはあまり外に出てはいけなかったので、虹を見ることはほとんどありませんでした。 でも、今は、美しい虹を、阿高と一緒に見ていました。 阿高と一緒に見ていると、美しい虹がますます美しく見える気がしました。 いつのまにか雨もやんでいました。 空は晴れ、雨上がりの空気はとても澄んでいました。 「そろそろ行こうか」 阿高はそういうと、わたくしに左手を差し出しました。 わたくしはうなずいて、その手をとりました。 川べりを歩きながら、阿高といろんな話をしました。 「さっき雨宿りした木は桜なんだ。見事な花を咲かせるとこのあたりでは有名な木だ。春になったらまた見に来ような」 阿高と手をつないで歩きながら、わたくしは今、本当に幸せだと思いました。 過去にはいろんなこともありました。 母上を亡くして悲しかったこと。 兄上や賀美野をねたんだこと。 父上にわかってもらえず苦しんだこと。 信じた仲成さまに裏切られたこと。 賀美野に母代わりにされ疎ましく思ったこと。 きれいな感情だけではなかった。 いいことばかりでもなかった。 でも、それらがなければ今のわたくしはなかったと思います。 仲成さまを信じなければ、鈴鹿丸になることもなく、阿高にも出会えなかった。 どんなことでも、少し違えば、今のわたくしにたどりつかなかった。 いいことも悪いことも、過去のすべてがあるからこそ今があるのだとしたら。 それならば、わたくしは過去のすべてを受け入れられる。 すべての過去は、阿高と一緒にいる今への道程だった。 そう思えば、すべてを許せる。すべてを愛せる。 そんなことを考えて、わたくしは阿高の手をぎゅっと握りました。 阿高もそっと握り返してくれました。 竹芝で暮らせて、わたくしは本当に幸せだなと思いました。 2周年番外・阿高の日記・人形 at 2003 09/21 08:41 編集 「そういえば」 雑草を刈り取る野良仕事の最中、ふと思い出して、阿高は言った。 「はじめて鈴をみたとき、藤太は鈴を人形のような子だといったよな」 「はあ?」 藤太はぽりぽりと頭をかいた。 「そんなこといったか?」 「いった」 「うーん」 藤太はうなった。 「そういえば、いったような気も・・・」 「それにしても、人形なんてどこで見たんだ」 屋形では人形などにお目にかかったことはなかった。 「千種のところだよ」 こともなげに藤太はいった。 「千種は小さいころから家の中で機織りをしていることが多かったからな。さびしくないようにと両親が置いて あったらしい」 「ふーん」 阿高は納得し、また雑草を刈りはじめた。 「で、どんな人形なんだ」 「どんなって言われてもな」 藤太は思い出す顔つきになっていった。 「そうだな、まず色白だ。ほおにはほんのり色がついているが」 「目は?」 「目か・・・まあぱっちりしてるな。あ、そうだ、まつげが長いんだよ。特別にこしらえたものだと千種がいっていた」 「口は?」 「小さな口にきれいに薄い紅が引いてある」 阿高は首をかしげた。 「男の人形なのに口に紅?気味が悪いな」 いぶかしげな阿高に苦笑し、藤太はいった。 「何をいまさら。女の人形にきまっているだろう」 「なんだと」 阿高はほんとうに驚いた顔をした。 「人形というのは女の人形なのか」 「あたりまえだ。どうして千種が男の人形を持つ必要がある」 藤太はやれやれと肩をすくめた。 「おれは初めて見たときから鈴を女じゃないかとと思っていたよ。着物を乾かすときに脱がないというから確信した、 そういうことだ」 「それならあのときにそういえよ」 仏頂面で文句を言う阿高に、藤太はこらえきれず笑った。 「普通はわかるさ。おんぶまでしても気がつかないのは阿高くらいだ」 「悪かったな」 「本当だよ。鈴をはじめて見たとき、きれいな子だと思わなかったのか?」 「思ったよ。思ったけど、男なのに女みたいにきれいな顔をしているなと・・・」 「これだからお前は鈍いというんだ」 「うるさいな、仕事しろよ仕事」 「お前が話しかけてきたんだろう」 子どものような口論になりかけたとき、畑の向こうに小さな人影がふたつ見えた。 鈴と千種だった。 「もう昼飯か」 藤太と阿高は顔を見合わせた。 そして、笑顔になると、鈴と千種の元へ駆け出したのだった。 終 新規投稿 先月<<過去記事 >>次月 阿高の日記54・雲 at 2004 06/27 00:55 編集 今日はとても風が強かった。 夕方、屋形に戻ると、風に飛ばされそうになっている洗濯物を鈴が必死で押さえていた。 声をかけようとしたとき、手ぬぐいが一枚飛ばされて、鈴の顔にかぶさった。 両手でも着物を押さえているのでどうにもできないようだった。 鈴の表情はわからなかったが、明らかにあわてているのがわかって、おれは思わず笑ってしまった。 おれが鈴の顔の手ぬぐいをとってやると、鈴は、 「ありがとう」 と笑った。 「見て、阿高。雲がすごい勢いで飛んでいくの」 鈴が見上げた空には、風のためにすごい速さで流れていく雲があった。 「なんだか、武蔵の方が風が強いことが多い気がする。こちらは山があまりないから、さえぎるものがないせい なのかしら。お洗濯物が飛んでしまうのは困るけれど、風がとてもきもちいいの」 おれは風で乱れてしまっている鈴の髪の毛を直してやりながら言った。 「河原の風はもっといいんだ」 「川って・・・お洗濯している川のこと?」 「もっと大きな川だよ。今度連れて行ってやろうか」 「本当?」 鈴は顔を輝かせた。 そして、腕に抱えた洗濯物ごとおれに飛びついてきた。 鈴が一緒にいると何をしても、ただ洗濯物をとりこんでいるだけでも楽しいので、不思議だと思った・・・。 苑上の日記54・雲 at 2004 06/28 08:07 編集 今日、洗濯物が風で飛ばされそうになってわたくしが困っていたら、阿高が手伝ってくれたので、とても助かりました。 阿高がいうには、河原の風はとても気持ちがよいそうで、今度わたくしを一緒に連れて行ってくれるそうです。 とてもうれしかったです。 苑上の日記55・草取りと虫刺され at 2004 06/28 23:24 編集 今日、夕方、阿高と藤太がお庭の草取りをしていたので、わたくしもお手伝いをしました。 でも、蚊がたくさん飛んできて、わたくしをたくさん刺すので、足や腕が真っ赤になってしまいました。 他の女の人と一緒のときは、わたくし一人だけが刺されるというわけではないのですが、藤太や阿高は皮膚が強いので、 蚊もわたくしの方に集まってしまったのかもしれません。 わたくしの肌が弱いせいだと思うので、もっと肌を丈夫にして蚊にあまり刺されないようになりたいです。 阿高の日記55・草取りと虫刺され at 2004 06/28 23:25 編集 夕方、藤太と草取りをしていたら、鈴が手伝うといってやってきた。 特に反対する理由もなかったので、まかせておいた。 だが、ふと見ると鈴一人だけが蚊に刺されていた。 鈴は肌が柔らかいので、おれたちの分まで蚊に刺されてしまったらしかった。 あまりにひどいので、先に屋形に帰らせようとしたが、鈴が大丈夫だといってきかないので、無理やり抱き上げて 屋形につれて帰った。 鈴が刺されたところをかこうとするので、かかないほうがいいと言ったが、それでも鈴がかこうとするので、おれは 鈴の両手を押さえつけた。 鈴がかゆいと言ってじたばたするのがかわいくて、思わず鈴にくちづけた。 鈴は一瞬おとなしくなったが、やはりかゆいとじたばたした。 鈴は虫にさされやすいようなので、少しでも虫に刺されなくていいように気をつけてやらなくてはいけないなと思った。 阿高の日記56・手ぬぐい at 2004 06/28 23:23 編集 美郷姉が、 「見て見て、阿高。鈴ちゃんがかわいいの」 というので見に行ったら、鈴が手ぬぐいでほっかむりをしていた。 おれを見ると、鈴はにっこり笑った。 「わたくし、頭に手ぬぐいを巻いてみたの。どうかしら」 「どうって・・・それは男のかぶり方だろう。女はあねさんかぶりをするんだ」 「そうなの?」 鈴は首をかしげた。 「あねさんかぶりって、どんな風にかぶるの?」 うちの女たちはあまりてぬぐいをかぶらないので、鈴が知らないのも無理はなかった。 もちろん、皇女としてのみやこの生活で、手ぬぐいを頭に巻くことがあるとも思えない。 「ちょっとかしてみろ」 おれは言うと、自分の頭に手ぬぐいを巻いた。 「こういう風に巻くのがあねさんかぶりと言って・・・」 鈴に説明していると、美郷姉がくすくす笑った。 「阿高ったら。手ぬぐいをかぶるのが嫌いなくせに、鈴ちゃんのためならあねさんかぶりだってしてみせるのね」 「ち、違う。これは」 「はいはい、わかってるから」 美郷姉はおれのいいわけも聞かずに、笑いながら部屋を出て行った。 おれはため息をついて鈴に尋ねた。 「いったいなんだって頭に手ぬぐいを巻こうだなんて思いついたんだ」 「だって」 と、鈴は口をとがらせた。 「藤太がしていてとってもかっこうがよかったのだもの。いかにも野良仕事ができるという感じで。わたくしも そんな風になりたかったの」 「そうそう」 横でおれたちを見ていた藤太がにやにやした。 「おれの手ぬぐいほっかむり姿を鈴がかっこいいかっこいいってほめるから、教えてやったんだ」 「どうせ教えるなら、ほっかむりじゃなくてあねさんかぶりを教えてやれよ」 おれが不機嫌にそう言うと、鈴がおれをじっと見て言った。 「阿高はほっかむりをしないの?阿高が手ぬぐいを巻いているところ、わたくしまだ見たことがないわ」 「しない」 「どうして?」 鈴の追及に、おれはしぶしぶ答えた。 「似合わないから」 「そうなの?」 おれは、得意げにほっかむりをしたままにやにやしている藤太をにらんで言った。 「藤太はいいさ、竹芝一手ぬぐいが似合う男だと言われているくらいだからな。だが、おれには似合わないんだ。 おれが手ぬぐいを巻くと女みたいでおかしいって。みんなにそう言われた」 「そうかしら?」 鈴はにこにこしながらおれに近づいて、おれの頭にてぬぐいを巻いた。 「藤太とは違う感じだけれど、阿高だってとっても似合う。かっこいいもの。阿高に手ぬぐいが似合わないと言った 人の方ががおかしいと思う」 「本当に?」 「ええ」 鈴はこくりとうなずいた。 藤太が「ごちそうさま」と笑いながら部屋を出て行ったのを見届けてから、おれは頭に手ぬぐいを巻いたまま鈴に くちづけた。 鈴の言葉は不思議におれを楽にしてくれる。 小さいころ仲間に笑われて以来ずっと苦手だった手ぬぐいも、もう平気だと思えた。 明日からは、野良仕事で暑いときは、我慢せずに頭に手ぬぐいを巻こうと思った。 苑上の日記56・手ぬぐい at 2004 06/28 23:22 編集 今日、野良仕事から帰ってきた藤太が、頭にてぬぐいを巻いていました。 頭の上から巻いて、あごの下で結ぶのです。 そうしている藤太は、いつもの倍ほどもかっこうよく見えました。 わたくしがそう言うと、藤太は笑って、 「なら、鈴もやってみるといい」 と言って、美郷さんにきれいな手ぬぐいをもらってわたくしにかぶせてくれました。 あごの下で結ぶと、すっかり野良仕事ができる人間になったような気がしました。 途中で阿高がやってきて、わたくしがしている結び方は男の結び方だと言いました。 そして、女のひとの手ぬぐいのかぶり方を教えてくれました。 そして、くちづけもしてくれました。 阿高もとても手ぬぐいが似合うと思いました。 藤太が手ぬぐいを巻いていると、頼りがいのある感じがしてかっこうがよいし、阿高が巻くと阿高の茶色い きれいな目が強調されて、ますますきれいに見えるのです。 美郷さんが手ぬぐいをくださったので、今度はこの手ぬぐいを巻いて畑に行こうと思いました。 阿高の日記57・あじさい at 2004 06/29 00:00 編集 今日、畑からの帰り道、あじさいが色づいているのを見かけた。 普通は紫なら紫、青なら青というものだが、そのあじさいは一株から、紫、青、白、桃色の花たちがせりだすように 咲いていた。 「見ろよ藤太、めずらしいあじさいだ」 おれが言うと、藤太は笑った。 「前は花になんて興味がなかったくせにな。そんなに鈴を喜ばせたいのか」 「いいだろう、別になんだって」 夕餉の後で鈴と一緒に見に来ようと思ったが、おれは下の方に咲いていた小さな花房を、ひとつだけ折り取った。 鈴へのみやげだ。 振り返ると、藤太が腕組みをして笑いをこらえていた。 「ああおかしい。そんなに真剣に花を折っている奴を初めて見たよ」 「木をいためたくないんだ、しかたないだろう。乱暴にちぎると、鈴が悲しむ」 「本当にまめなやつだな」 藤太はまだ腹を抱えていた。 「美郷姉たちには言うなよ」 「言わない言わない」 そう言いながらも、藤太の顔は笑っている。 この調子だと、後で美郷姉や豊高兄に言って回るに違いない。 またさんざんからかわれるのかと少しうんざりしたが、鈴の喜ぶ顔が見られると思うと心が弾んだ。 「さ、早く帰ろうぜ。その花を鈴にやるんだろう」 藤太にせかされて、急いで屋形に帰った。 「おかえりなさい!」 鈴は、屋形の門のところで、いつものようにおれたちを迎えに出てくれていた。 「二人とも汚れて帰るだろうと思って、すぐに行水できるように水を汲んでおいたの」 そう言って微笑む鈴に花を渡すと、鈴はほおを染めてうれしそうに目を瞬かせた。 鈴のこの顔を見ると、いつもおれまでうれしくなってしまう。 「ただいま、鈴」 おれは笑顔で鈴にそう言った。 苑上の日記57・あじさい at 2004 06/29 23:51 編集 今日、野良仕事から帰ってきた阿高と藤太を迎えに出たら、阿高がわたくしにあじさいの花をくれました。 あじさいは、うすい白で、はじのほうがほのかに桃色に染まっていて、とても美しかったです。 わたくしがうれしくなってお礼を言うと、阿高もにこにこしてくれました。 二人のためにたらいに汲んでおいたお水も、ちょどよくぬるまっていました。 いくら暑くなってくる時期とはいえ、井戸水をそのままかぶるのは冷たすぎると思ったのでそうしておいたのですが、 二人がとても喜んでくれたので、準備しておいてよかったなと思いました。 苑上の日記58・行水 at 2004 06/30 00:01 編集 昨日喜んでもらえたので、今日も阿高たちの行水用のお水を汲んでおきました。 帰ってきた二人は、今日もとても喜んでくれました。 二人とも上の着物を脱いで、上半身裸になって水をあびていました。 男の人は気軽にそういうことができてよいなあと思いながらじっと見ていたら、藤太に笑われてしまいました。 阿高は、 「助かるけど、あんまり無理しなくていいからな」 と言って、わたくしの頭をなでてくれました。 うれしかったです。 無理はしないけれど、これからも行水のお水を汲んでおけるようにがんばろうと思いました。 新規投稿 先月<<過去記事 阿高の日記58・行水 at 2004 07/01 00:24 編集 畑から帰ると、今日も鈴がおれたちのために水を汲んでくれていた。 うれしかったけれど、鈴の着物のすそはぬれてしまっていたし、鈴の手は井戸のつるべの縄で赤くなってしまっていた。 おれは鈴が無理をしていないか心配になったが、鈴の表情を見ると、どうやら大丈夫なようだった。 今日は特に暑かったので、おれと藤太はふんどしひとつになって水をあびた。 ふと見ると、鈴がしゃがんで両手でほおづえをつきながら、おれたちをじっと見ていた。 「阿高のはだかは怨霊退治の旅で何度も見たけれど、藤太のはだかは初めて見たわ」 そして、言った。 「二人とも体つきが似ていると思っていたけれど、けっこう違うものなのね」 それを聞くと、藤太は両手で胸を隠して女のようにして、鈴にふざけて見せた。 藤太にからかわれて、鈴は少しむくれた。 藤太はそんな鈴を見てくすくす笑いながら言った。 「おれと阿高の体はどう違う?鈴にはどう見えるんだ?」 「え・・・」 鈴は少し戸惑ったようだったが、もう一度おれたちの体を眺めて言った。 「藤太はね、筋肉がしっかりあって、男らしくて頼もしい感じがする。阿高は、筋肉はあるのだけれど、それが あまり目立たなくて、しなやかできれいなの」 鈴の言葉は衝撃だった。 「つまり、おれはいかついってことか・・・」 藤太が肩を落とした。 「藤太はいいよ。おれは筋肉のないなよなよした男に見えるらしいからな」 おれもため息をついた。 鈴は、「そういう意味じゃないの」とかなんとかあわてて弁解していたけれど、あまり耳に入らなかった。 夜、寝るときになっても、おれは鈴の言葉が頭から離れず、なんだか元気が出なかった。 そんなおれを見かねたのか、鈴がなぐさめてくれた。 「わたくし、阿高の体つきが好きよ。馬みたいにしなやかで、本当にきれいだもの」 「・・・馬か」 おれは思わず笑ってしまった。 おれは確かに、かつては馬にもなったことがあった。 「そういえば、鈴と初めて会ったのは馬の姿のときだったな」 「そうよ。わたくし、とてもきれいな馬だと思った。そう思ってなでたのに。阿高はわたくしに、くすぐったいから やめろと言ったわ」 鈴は笑っていたが、おれはなんだか申し訳ない気持ちになった。 「悪かった」 「どうして阿高が謝るの」 鈴は不思議そうに目をぱちぱちとさせていたが、やがて何か思いついたようににっと笑った。 「本当に悪かったと思っている?」 「ああ」 おれが神妙に言うと、鈴はこぼれんばかりの満面の笑みを浮かべておれに言った。 「それなら、阿高をわたくしになでさせて。わたくしの気がすむまで。ずっと。ずっと」 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったので、おれは驚いたが、お安い御用だとうなずいた。 鈴は敷物の上にぺたんと座ると、自分の膝を枕にするようにおれに言った。そして、おれが言われたとおりにすると、 鈴はおれの頭や首や肩をなでてくれた。 ずっとずっとと言っただけはあって、ずいぶん長いこと鈴はおれをなでていた。 おれは少しくすぐったかったけれど、やめろよとは言わなかった。 むしろ、なんだか幸せな気持ちだった。 鈴の手が止まったので、体をねじって鈴を見上げると、鈴は眠ってしまっていた。 おれはそっと起き上がると、鈴を抱き上げ、衾の中に寝かせてやった。 眠っている鈴に、そっとくちづけた。 鈴はいつもおれに幸せをくれる。 鈴はおれの体つきを好きだと言ってくれたけれど、鈴を守っていくためにも、やはりもっと体を鍛えようと思った。 阿高の日記59・鼻緒 at 2004 07/01 23:56 編集 夕方、一緒に散歩をしていたら、隣を歩いていた鈴がふいに前へつんのめった。 おれは転びそうになった鈴を抱きとめてやった。 「大丈夫か?」 「ええ、わたくしは大丈夫・・・・でも」 「どうした」 「ぞうりの鼻緒が・・・」 鈴はしゃがみこんで足元を探っていた。 「やっぱり切れてる」 鈴はため息をついた。 「ごめんなさい、阿高」 鈴は少し気を落としているようだった。 おれは鈴に背中を差し出した。 「乗れよ。あっちでぞうりを直そう」 鈴はぞうりを手に持ち、おれの背中におぶさった。 おれは鈴を背負って、座りやすい大きな石のあるところまで運んだ。 「そこに座ってろ。ぞうり直してやるから」 「ありがとう」 鈴はそう言って申し訳なさそうに微笑むと、石の上にちょこんと座った。 おれは自分の髪をしばっていたひもをほどき、それで鈴のぞうりの鼻緒を直してやった。 鈴が俺に似合うとほめてくれていた薄赤のひもだったが、すずのぞうりの鼻緒にちょうどよかった。おれの髪に 結ばれているより、鈴のぞうりの鼻緒になったほうがよっぽどよいように思えた。 「ありがとう、阿高。上手なのね」 「そりゃあ、自分でわらじも編むからな」 「そうなの?」 鈴は目を輝かせた。 「わたくしにも編めるかしら?」 「編めるさ」 おれが請合った。 鈴はけっこう器用だからだ。 「わたくし、一生懸命練習するから。教えてね」 鈴はそう言って、うれしそうに笑った。 「ああ」 おれも笑って、鈴の頭をくしゃくしゃになでた。 苑上の日記59・鼻緒 at 2004 07/03 00:31 編集 今日、阿高といっしょに散歩をしていたら,わたくしのぞうりの鼻緒が切れてしまいました。 どうしたらよいのかわからなくて、わたくしがおろおろしていたら、阿高がわたくしをおぶってくれました。 そして、自分の髪ひもでわたくしのぞうりの鼻緒を直してくれました。 赤いひもはとてもかわいくて、前よりかわいらしいぞうりになりました。 わたくしも自分でぞうりが編めるように練習しようと思いました。 TOPへ戻る