阿高の日記45・懸念
at 2002 07/07 22:33 編集

祭りが近くなったので、どこでも寄るとさわるとその話だ。
でも、今日は嫌な話を聞いた。
真守が竹芝の女を誘うと言っているらしいのだ。
千種のことか・・・まさか鈴なのか。
どちらにしてもひと悶着ありそうだ。

鈴に、どう誘われても真守についていかないように言っておかなければと思った・・・。

 



苑上の日記45・懸念
at 2002 07/07 22:42 編集

今日、阿高が帰ってくるなり、
「真守について行ったらだめだぞ」
というので、びっくりしました。
よく聞くと、お祭りのことのようでした。

でも、ひとしきりだめだだめだと言ったあと、阿高ははっとしたように黙り込みました。
そして、少し心配そうに言いました。
「今まできいてなかったけど・・・おれと祭りに行ってくれないか?」
わたくしは思わず吹き出しました。
「そんな顔しなくても。わたくしが阿高以外のだれとお祭りに行くというの?」
すると、阿高はにっこりして、わたくしを抱きしめてくれました。

一緒に行ってくれると思っていたけれど、改めて阿高にお祭りに誘ってもらえてうれしかったです。
 



苑上の日記46・届け物
at 2002 07/13 14:46 編集

今日、千種さんとお庭の草むしりをしていたら、突然、真守さんが訪ねてきました。
千種さんはとても驚いていました。

「真守じゃない!どうしてこんなところに。早く帰りなさいよ」
「まあそう言うなって」
真守さんはにこにこすると、手に持った包みを千種さんに渡しました。
「これ、おまえの親から」
「うちの親が?」

千種さんはおそるおそる包みを開きました。
すると、中から出てきたのはとてもきれいな着物でした。
「祭りのときに着るといい」
真守さんが優しい声で言いました。
千種さんはうつむきながらつぶやきました。
「どうして、こんなものを・・・?」
「そりゃ、決まってるだろう」
真守さんは笑っていいました。
「許したってことさ」
「そうなの・・・?」

千種さんが目をうるませました。
「まあ、もともとおまえの親は甘いからな。おばさんもはじめは半狂乱だったけど、最近じゃあ、竹芝のお屋形に
嫁ぐなんてさすが私の娘だなんてこっそり自慢してるぜ」

真守さんは千種さんの頭を軽く腕に抱きました。
「よかったな」
「うん・・・」
千種さんはしばらく泣きじゃくっていましたが、やがてはればれとした表情で顔をあげました。
「ありがとう、真守。でも、早く帰ったほうがいいわ。もうすぐ藤太たちが帰ってくるもの、気まずいでしょう」
「なんだよ、追っ払う気か。おれはまだ肝心の用が済んでいないんだ」
真守さんは口をとがらせて言いました。
「千種の着物はついでだよ。おれは鈴を祭りに誘いにきたんだ」

すると、さっきまで泣きじゃくっていたはずの千種さんが目をつりあげました。
「まだそんなばかなこと言ってるの、あんたって子は!」
そして、わたくしの方を振り返って叫びました。
「鈴ちゃん逃げて!」
わたくしはどうしたらいいのかわからなくて、その場でうろうろしてしまいました。
すると、真守さんは悪びれない笑顔で言いました。
「鈴。祭りに行こうぜ、おれと。絶対楽しいからさ」
わたくしは首を振りました。
「わたくしは阿高と行くの。もう約束もしているもの」
「そうか。それならそれでかまわないさ」
真守さんは気にした風もなく笑いました。
「阿高と行こうと誰と行こうとかまわないから、おれを選んでくれよ」
「選ぶって?」

わたくしが聞き返したそのとき、背後から千種さんのものすごい声が聞えました。
「真守!あんたって子は!いいかげんにしなさい!鈴ちゃんはね、あんたなんかには手も届かない子なの。わかったら
さっさと帰りなさい!」
真守さんは耳を押さえて顔をしかめていましたが、しぶしぶうなずきました。
「わかったよ。帰るって。だからそうどならないでくれ」
そして、わたくしの手をとって言いました。
「じゃ、鈴、また祭りでな」
「やめなさいって言ってるでしょう!」
千種さんに腕をはたかれた真守さんは、わたくしから手を離すと、くるりと身を翻して帰っていきました。


「鈴ちゃん、大丈夫だった?」
「ええ、手をとられただけだし」
すると、千種さんは苦笑しました。
「そうね。でも、阿高が知ったらきっと怒るわ」
「・・・これからはもっと気をつけます」
「そのほうがいいわ。真守にはなるべく近づかないようにね」
「はい」

どうして真守さんに近づいたらいけないのかはよくわからなかったけれど、阿高にも注意されたことだし、気を
つけようと思いました。
でも、今日は千種さんにご両親から素敵な着物が届いてよかったなあと思いました。
千種さんはとてもうれしそうでした。
千種さんがご両親と仲直りできてよかったです。
 



阿高の日記46・届け物
at 2002 07/14 11:41 編集

今日、日下部の親から千種に祭り用の着物が届いたらしい。
鈴がうれしそうにそう言っていた。
真守が届けに来たというのは気に入らないが、鈴が千種の喜びをわかちあっているので、おれは黙ってうなずき
ながら聞いていた。だが、ふと気づいた。
鈴は祭りの時に何を着るのだろう。

鈴に尋ねると、鈴は不思議そうに首をかしげた。
「この着物で行くつもりだけど?」
「それは普段着だろう」
確かに、それは趣味のいい仕立てもよい着物ではあったけれど、美郷姉のおふるの普段着だ。
「でも、わたくし、この着物がとても好きなの」
鈴はそう言ってにこにこと笑った。

おれは部屋を出て、親父様の部屋へ行った。
おれがわけを話すと、親父様はうなずいた。
「実はわたしもそう思って、美郷から鈴さんに言ってもらったんだよ。新しい着物をこしらえようと。でも、鈴さんは
もったいないからいいと言ってな」
親父さまはあごをなでながらつぶやいた。
「でも、どの家の娘もせいいっぱい着飾って出てくるんだ。鈴さんだってきれいな着物が着たいだろうに」
「都にいたときにあきるほど着たからもういらないのかな」
おれがつぶやくと、親父様はおれの頭をはたいた。
「そんなわけがあるか。気をつかっているに決まっているだろう」
おれはしばらく考えて言った。
「じゃあ、前に都から送られてきた着物を着ればいいよ」
「それもないな」
親父様は重々しく首を振った。
「あれは皇太子が鈴さんに贈られたものだ。あまりに上等すぎる。あんなものを着て祭りに行ったら、それこそ
浮いてしまう。鈴さんはとっくにそう承知しているようだったがな」
「じゃあ、どうすればいいんだ」
おれが頭を抱えると、親父様は笑った。
「それはおまえが考えなさい」

親父様の部屋を出て、おれは考えた。
どうすれば鈴に新しい着物を着せてやれるのだろうか。

「どうした阿高。めずらしく難しい顔をして」
藤太が通りかかったので、相談すると、藤太は笑った。
「着物のことは女に相談するのが一番だよ」

おれは美郷姉と千種を呼んで、鈴の着物のことを相談してみた。
「あたしも気になってはいたのよね」
美郷姉はほおに手をあてて言った。
すると、千種がおそるおそる口を開いた。
「あ、あの、私が以前、自分用に織った反物があるの。あれを鈴ちゃんの着物に仕立てたらどうかしら。色も
鈴ちゃんに似合うと思うし。私も縫うし、間に合わない所は美郷さんに手伝っていただいて」
「あら、いいわね」
美郷姉が乗ってきた。
「いいのか、千種?美郷姉も?」
おれが尋ねると、千種と美郷姉は笑ってうなずいた。
「そのかわり、藤太と二人で山で何か獲物をとってきてくれるとうれしいわ」
「そうね、最近お肉を食べていないし。阿高、頼んだわよ」
美郷姉にばんと背中をたたかれて、おれは前につんのめった。
そんなおれの耳に、千種が笑いながらこっそりささやいた。
「最近藤太がね、阿高と狩りに行きたいってうるさくてたまらないのよ。阿高がいつも鈴ちゃんと一緒だから、
あの人なりに少し遠慮しているみたい。連れ出してもらえると助かるわ」


「どうだった?」
何も知らない藤太が笑顔で尋ねてきた。
「千種と美郷姉が鈴の着物を仕立ててくれるって。でも、そのかわり山で何か獲物をとってこいと言われたよ。
藤太、一緒に行ってくれないか?」
「お、狩りか!いいぞ、ひさしぶりだな」
藤太がうれしそうに言った。

ともかく、鈴の着物のめどがたってよかった。
明日は藤太と狩りに行く。
たくさん獲物がとれるといいと思った・・・。

 

        

 

 








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番外・綾音の日記・共同戦線(ドラミさん感謝!)
at 2002 08/09 19:50 編集

「綾音ちゃん」
遠慮がちな声に、あたしは振り返った。
そこにはほおを赤く染めた菜緒が立っていた。
「綾音ちゃんに聞きたいことがあるの」
菜緒はおずおずと言った。
「真守さんのことなんだけど…」
「兄さん?兄さんがどうかしたの?」
あたしは何のことかわからず、首をかしげた。

「あの、あのね、真守さんって・・・今度のお祭り、だれと行くのかなって・・・」
これ以上ないというほど顔を赤くした菜緒を見て、あたしは声をあげた。
「菜緒、まさかあんたの好きな人って、うちの兄さんなの?」
「あ、綾音ちゃん!そんな大声で言ったらみんなに聞こえちゃう」
菜緒はあせってあたしの口をふさいだ。

真守兄さんが女の子に人気があるということは知っていたけれど、まさか菜緒まで兄さんのことが好きだとは
思わなかったので、あたしは心底驚いた。
「兄さんなんかのどこがいいのよ」
「全部」
菜緒は即答した。
「兄さんってけんかっぱやいし」
「強くて素敵だわ」
「思い込み激しいし」
「真剣で一途なのよ」
「中身、子どもっぽいし」
「そこがいいのよ」
菜緒は夢見るように微笑んだ。
「それに、すごくかっこいいんだもの」
あたしはため息をついた。
妹のあたしには、兄さんのどこがかっこいいのかよくわからなかった。
確かに、男の中では悪くない方だとは思う。
でも、竹芝の二連に比べたら。
「言っとくけど、兄さんは竹芝の二連によく負けてるのよ。かっこ悪いわよ」
「そんなことない」
菜緒は首を振った。
「あたしから見たら、真守さんのほうがすっと素敵よ。どうしてみんなが二連二連ってさわぐのかわからないわ」

あたしはぐったりした。
恋する乙女に何を言っても無駄だと悟ったのだ。

「だからね、綾音ちゃんにお願いがあるの。真守さんがだれかとお祭りに行くつもりがあるのか教えてほしいのよ。
日下部の女の子はたいてい真守さん目当てだし、負けたくないの」
菜緒の真剣な表情に、あたしは圧倒された。
どうしよう、兄さんがすでに竹芝の女の子をお祭りに誘って断られたということを言うべきだろうか。

でも、菜緒の顔を見ていたら、とてもじゃないけれど、そんなことは言えそうもなかった。
「今のところ、一緒に行く子はいないみたいよ」
「本当?」
菜緒が顔を輝かせた。
「ありがとう、綾音ちゃん!」

菜緒はうってかわってにこにこ顔になり、今度はあたしに話をふってきた。
「綾音ちゃんは当然彼と一緒に行くんでしょう。いいわね」
「あいつとは別れたの」
「どうして!」
あたしはしぶしぶ答えた。
「浮気したのよ、あいつ」
「そ、そうなんだ・・・」
菜緒が気まずそうに言った。
「ごめんね、綾音ちゃん。あたし、浮かれちゃって」
「いいのよ」
あたしは髪をかきあげた。
「そのかわり、あたしは今回、祭りで一番のいい男をつかまえるって決めてるの。だから菜緒に協力はできないわ。
自分のことで精一杯なんだもの。だから兄さんのことは菜緒が自分でがんばってね」
「うん」
菜緒はこくりとうなずいた。
「綾音ちゃんもがんばってね。綾音ちゃん、美人だし、絶対うまくいくよ」
「ありがと」


菜緒が行ってしまったのを確認して、あたしは地面に腰をおろした。
あぶないところだった。
菜緒に協力してくれなんて言われたら大変だ。
だって、あたしは今回兄さんと共同戦線を張るのだから。

あたしはお祭りで武蔵一のいい男、言わずと知れた二連を狙っている。
もちろん、藤太は千種ねえさんの彼だから、さすがに無理だ。
だから狙いは阿高。
そして、兄さんが狙っているのがその阿高の彼女だという鈴という娘なのだ。
だから、あたしたちは協力することにしている。
あたしが阿高と、兄さんが鈴とうまくいくように。

鈴というのは都からきた娘らしい。
兄さんの話によると、すごい美人というわけではないらしいから、あたしにも勝ち目があるかもしれない。
なんたって、あたしはここらでは美人で有名なのだもの。
ただ、あの兄さんが鈴というその娘にぞっこんになってしまっているのが不思議だ。
兄さんはもともと千種ねえさんが好きで、他の女の子にはどんなにかわいい子でも目もくれなかったのに。
その兄さんを虜にするなんて、いったいどんな娘なのだろう。

とにかく、勝負はお祭りだ。
ひさしぶりに千種ねえさんにも会えそうだし、すごく楽しみだ。







 



番外・茂里の日記・平城(なら)の夕焼け(イオさんリクエスト)
at 2002 08/09 22:52 編集

おれは山の中腹の切り株に腰をおろして、旧都の空を眺めた。
夕焼け空に、平城の寺院の美しい建築物や塔が影絵のように美しく映えている。
赤く燃え落ちるように沈んでゆく太陽を見ながら、おれはなんとなしに竹芝のことを考えていた。
阿高、藤太、広梨、みな元気だろうかと。


竹芝にいたころは、いつも息が詰まるような思いがしていた。
おれより頭のいいやつなど一人もいない、頭を存分に使う機会も必要もない、そんな毎日だった。
二連と一緒にいるときだけ、呼吸が楽になった。
そうでないときはいつも、鬱々とした空気に頭をおさえつけられているような気がしていた。

なのに、いざ離れてみると、やはりなつかしい。
竹芝の空気が、川が、草原が、馬が、仲間が、そして両親や何人かいた彼女さえ、なつかしかった。

だが、いくらなつかしくても、おれはもう竹芝へは帰らない。
いや、帰れない。

おれには参謀役が合う。
自分が前面に出るのではなく、裏で策を練るのが好きなのだ。
今までは二連が将だった。
おれは二連の、おれが持ち得ない、誰もをひきつける能力を買っていた。

だが、あいつらはもう今までの二連とは違う。
おれが唯一認めていた、二連とは違う。
藤太も阿高も、かつてのようにだれも入り込む隙間のない二人ではない。
それぞれに一緒に生きていく相手をみつけ、それぞれが自分の足で立ち始めた。
それはよいことだと思う。
だが、おれがついていく人間ではなくなった。
あの二人のかつての異常なまでの結びつきに、おれは将たるものを見出していたのだ。
それがなくなった今、おれは新たな将を見つけなくてはいけなかった。
そして、それは・・・。




無空が草をかき分けながら、力強い足どりで斜面を登ってきた。
「こんなところにいたのかい」
無空はそう言うと、少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうした、茂里。そろそろ坊主になる決心がついたかね」
「まあね」
おれはうなずいた。
無空は驚いたような顔をした。
「どうした、おまえさん、あんなに坊主になるのをしぶっていたじゃないか」
「ああ」
おれはうなずいた。
「でも、この世の知識を測るために必要なことならしかたないさ。おれはもっと経典を読みたいし、あんたと
一緒に唐にも天竺にも行ってみたいんだ」
「そうか」
無空は満足げにうなずいた。
「おまえさんの頭は頼りになるよ。おまえさんの頭の回転の速さには正直舌を巻く。もちろん、わしのほうが
人としての器は大きいと思うがね」
「よく言う」
おれは苦笑した。


無空は変わっている。変人だ。
だが、何だか二連と同じものを感じる。
なにかわからない、かなわない力を。

「おれはとことん変人好きなのかもしれないな」
おれが小さくつぶやくと、無空が笑って言った。
「心配するな、茂里。おぬしも十分変人だ」



おれの故郷、竹芝。
おれは故郷を捨てて、知恵を求める。
無空についていく。
それを決して後悔はしない。

でも、一方でまた、自分が竹芝に生まれたことを誇りに思うようになった。
竹芝はどうしようもない田舎だ。
何もない、つまらないところだ。
おれはずっと竹芝が大嫌いだった。

けれど。
二連や広梨に出会えた。
それだけでも竹芝に生まれた価値はあったと、最近そんな気がしてならないのだから、人間というのは本当に
不思議なものだと思う・・・。






 



阿高の日記47・狩り
at 2002 08/10 23:37 編集

今日は藤太と狩りに行った。
天気も上々で、弓を持って野原を駆けるのは気持ちが良かった。

おれと藤太は二人で山鳥を一羽ずつしとめた。
藤太は鹿や猪を獲りたかったとぶつぶつ言っていたけど、美郷姉と千種は喜んでくれた。
鈴は少し恐ろしそうに死んだ鳥を見ていたけれど、
「鳥を射止めるなんて、二人ともすごいわ」
と微笑んでくれた。

帰ってから、藤太と庭ですもうの稽古をした。
途中で暑くなったので、上着を脱いで、下袴だけになって何度も組んだ。
藤太とおれは力はほぼ互角だが、藤太の方が多少体格がよいので少し不利だった。
祭りでもすもうの試合があるので、練習してもっとうまく動けるようになろうと思った。



 



苑上の日記47・狩り
at 2002 08/11 22:43 編集

今日、阿高は藤太と狩りに出かけました。

「そろそろお肉が食べたいと思っていたのよ」
阿高たちを見送りながら、美郷さんが笑いました。
千種さんも、なんだかうれしそうでした。

わたくしも、こちらに来る前はいつも鳥の子などを食べていたけれど、最近はお魚が多かったので、楽しみに
思いました。

帰ってきた阿高と藤太が手に手に死んだ鳥を下げているのを見たときには少し後ずさってしまったけれど、鳥を
矢で射落とすなんてすごいなと思いました。
わたくしがいままで食べていた鳥の子は、元の形がわからないただのお肉でしかなかったけれど、あれもだれかが
こうやって狩りをしてとってきてくれたものだったのだなあと改めて気づきました。

鳥は、羽をむしったり血抜きをしなくてはならないので、明日食べることになりました。
頭を切られて庭にぶらさがっている鳥はこわかったけれど、こうやっておいしいお肉が食べられるのだなあと思い、
それをとってきてくれた阿高たちや、慣れた様子で鳥を処理してくれた美郷さんはすごいなあと思いました。
わたくしはまだお魚もうまくさばけないのです。
千種さんも、まだ鳥の処理はできないそうで、早く鳥の処理でもなんでもできるようになろうねと二人で約束しました。


夕方、庭で何か声がすると思ったら、阿高と藤太がすもうをとっていました。
狩りで疲れているはずなのに、よくそんな元気があるなあとびっくりしました。
阿高はがんばっていましたが、阿高の方が藤太よりも体重が軽いので、押し合いでは苦戦していたようでした。

でも、阿高と藤太が仲良くすもうをしている姿はとても和やかで、思わず微笑んでしまいました。

お天気がよくて洗濯物もよく乾いたし、今日はとてもよい日だったなあと思いました。





 



阿高の日記48・拍子
at 2002 08/11 22:56 編集

今日は、朝から祭りの準備のために、社の清掃に行った。
それから、若衆のみんなで祭りのために拍子打ちの稽古をした。

拍子打ちというのは、楽人の演奏とは別に、若衆たちが横木をばちで叩き、それに合わせてみなが歌い踊ると
いうものだ。
祭りをもりあげるためのものだが、今年は竹芝の若衆がそれを任されている。

はじめはばらばらだった音も、次第にそろいだし、そのうちにみな、一糸乱れぬ撥さばきになった。
力強く拍子を刻む。
全員の音がそろうと、それはそれで馬に乗ったりするのとはまた別の気持ち良さがあった。

今までの祭りではけんかくらいしかすることがなかったけれど、今年は鈴がいる。
ますます祭りが楽しみになってきた。
鈴は祭りは初めてなのだから、なるべく鈴を楽しませてやりたいと思った・・・。
 



苑上の日記48・拍子
at 2002 08/12 23:35 編集

今日、洗濯をしに川に行ったら、女の子達が洗濯物をわきに置いて、川辺で踊りの稽古をしていました。

舞いのような複雑な動きではないのですが、歌を歌いながら足を踏み鳴らしてみんなで踊っているのが楽しそう
だなあと思いました。
きくと、祭りのときにみなで踊るものだそうで、わたくしも教えてもらって見よう見まねで踊ってみました。
はじめはぎこちなく動いていたのですが、だんだん慣れてくると踊るのがとても楽しくなりました。
「お祭りのときは楽人さんたちもくるし、もっとにぎやかになるのよ」
と美郷さんが教えてくれました。
お祭りがいかに面白いか、みんながすごく楽しそうに話してくれるので、わたくしも早くお祭りを見てみたく
なりました。
お祭りの日は晴れるとよいなあと思いました。


 



苑上の日記49・ひさご
at 2002 08/14 23:14 編集

(注・ここでの「ひさご」とは、ひしゃくのような形をしたひょうたんのことです。更科日記中の言葉で、
薄紅天女のp240にも引用があります♪)



今日、阿高が息を切らして帰ってきたと思ったら、わたくしの手をひっぱって外へ駆け出しました。
わたくしはわけがわからないながらも、阿高についていきました。
わたくしがつまずいて転びそうになると、阿高は笑って、わたくしを抱えて走ってくれました。

阿高が連れて行ってくれたのはたくさんのつぼが並べて置いてある場所でした。
「みんな祭り用の酒つぼだよ」
阿高がそう言って笑いました。
数十の酒つぼは一列にずらりと並んでいて、とても迫力がありました。
つぼのひとつひとつにはひしゃく代わりのひさごが1本ずつ浮かんでいました。

「見ていてごらん」
阿高がそう言うので、じっと見ていると、ふいに西風が吹きました。
そして。

「ほら」
笑いながら指さす阿高の指の先で、つぼに差し込まれたたくさんのひさごの柄が一斉に東の方へゆらゆらと
動き出しました。

「おもしろいだろ」
阿高は笑いました。
「これを鈴に見せたかったんだ」
わたくしが黙っていると、阿高はあせったようにつぶやきました。
「ごめん、鈴にはこんなものつまらなかったかもしれないな」
「ううん」
わたくしは首を振りました。
「違うの」

わたくしはまわらない口をもどかしく思いながら言いました。
「これが阿高がわたくしに見せたいと言っていた光景なのでしょう?都で、わたくしをさらいだしてくれたときに、
わたくしに見せたい光景があると、そう言っていたのがこれなのでしょう?」
「ああ」
阿高は微笑みました。
「子供のときに藤太と一緒に見て感動したんだ。だから鈴にも見せたかった」
わたくしはうなずきました。
うなずきながら、目が少しうるんでしまいました。
「わたくし、本当に竹芝にいるのね。都でも伊勢でもない、あなたの故郷に。あなたのお父さんやお母さんが
暮らしたいと願った武蔵の地に、本当にいるんだわ」
「ああ」
「わたくしたちが今ここにいるのって、とてもすごいことなのね」
「・・・そうだな」
阿高はちょっと思い出す表情になって、それからわたくしを抱きしめてくれました。


それからしばらくの間、風に吹かれてあっちへこっちへ動き回るひさごの様子を見物してからお屋形に戻りました。

ひさごが動くのは本当におもしろかったです。
阿高と一緒に竹芝にこられて、一緒にひさごを見られて、わたくしは本当に幸せだなと思いました。



 



阿高の日記49・ひさご
at 2002 08/14 23:08 編集

(注・ここでの「ひさご」とは、ひしゃくのような形をしたひょうたんのことです。更科日記中の言葉で、
薄紅天女のp240にも引用があります♪)


今日も祭りの準備にかりだされていた。
やぐらを組んだり、桟敷を作ったり、力仕事をさせられて、くたくたになった。
帰ろうとすると、藤太がこっそり耳打ちしてきた。
「阿高、今年もあれが運ばれてきたらしいぞ」
おれはぱっと顔をあげた。
この時期、あれと言えば・・・。
おれの返事を待たずに、藤太は笑った。
「鈴に見せたいって言ってただろ。おれも今年は千種と見るさ」
おれはうなずいて、屋形へ駆け戻った。

庭でちびクロたちと遊んでいた鈴の腕をつかんで引き寄せた。
「どういたの、阿高」
そんな問いには笑顔で返して、おれは鈴の手を引いて駆け出した。
鈴が転びそうになったので、途中から鈴を抱きかかえて走った。

酒つぼは今年もいつもの場所に並んでいた。
藤太と発見した、不思議な光景。
ずっと鈴に見せたかったものだ。

鈴はしばらく黙って風に揺れるひさごを見ていた。
そして、震える声で言った。
「わたくし、本当に竹芝にいるのね」
そう言って、目をうるませている。
「わたくしたちが今ここにいるのって、本当にすごいことなのね」

鈴の言葉に、おれの脳裏に様々な記憶が次々と浮かんでは消えた。

藤太と仲たがいして蝦夷のところへも行った。
リサトに出会った。
父のこと、母のことを知った。
だが、けものにもなった。
藤太たちがいなければ、決してここへは戻れなかった・・・。

都へも行った。
仲成に追われて山をさまよった。
そこで鈴に出会った。
もののけとも戦った。
鈴に請われて伊勢へも行った。
そして藤太が切られて死にかけた。
あのとき、もし藤太が死んだら、おれだけ竹芝に戻るなんてことはできないと思った・・・。

帝に会った。
安殿皇子にも、会った・・・。
あのとき。
あのとき、「もどってきて」という声を聞かなかったら、おれはこの世のものではなくなっていた。
戻ろうとすれば戻れるのだと、気づかせてくれたあの声。
あの声は鈴だ。
今ならそう確信できる。
「もどってきて、阿高。おいていかないで」
あのとき、鈴は確かにそう叫んでいた。
鈴がいなかったら、おれはここへは戻ってこられなかった・・・。

鈴や、藤太や、チキサニや、みんなのおかげでおれは今ここにいる。

鈴だって、本来ならば、こんなところにいるような身分ではない。
それなのに、すべてを捨てて、おれについてきてくれた。
鈴にそう言うと、
「違うわ。わたくしは竹芝にきてすべてを手に入れたの」
と笑うけれど、それでも、家族や都での生活や、たくさんのものを捨てさせてしまったと思う。

そんな風に考えると、おれと鈴がいまここにいることが、ますます奇跡のように思える。

「わたくしたちが今ここにいるのって、とてもすごいことなのね」
鈴の言葉を頭の中で反芻して、おれはうなずいた。

夕日と、風にゆらめくひさごと、微笑む鈴。
そんな風景を見ながら、おれは本当に幸せだと、心からそう思った・・・。


 



        

 

 








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阿高の日記50・休息
at 2002 09/16 23:23 編集

今日も祭りの準備に駆け回った。

帰ってくると鈴が縁側に座ってちびクロたちに何か話しかけているところだった。


おれが黙って鈴の横に腰をおろすと、鈴ははじかれたように振り返った。
「阿高!いつ帰ってきたの?」
「ついさっき」
おれが答えると、鈴はほおを赤らめた。
「わたくしのひとり言、聞いた?」
「ちびクロに話しかけていたんだろう。内容は聞こえなかったが」
おれがそう言うと、鈴はほっとしたようだった。
「そう。それならいいの」
「そんなふうに言われたら気になる。何を話していたんだ」
おれは尋ねたけれど、鈴は笑うだけで答えなかった。

二人で肩を並べて、ひさしぶりに鈴とたくさん話をした。
おれが祭りの準備の様子を話すと、鈴は目を輝かせて聞いていた。

だが、しばらくすると、鈴がうつむきだした。
「どうした」
「大丈夫。ちょっと眠いだけ」
「それなら寝ればいい」
おれは自分のももを軽くたたいて見せた。
「枕にしていいから」
「うん・・・ありがとう」
鈴はそうつぶやくと、ずるずると崩れるように横になり、おれのももに頭を預けた。
「少しだけ・・・お夕飯の準備の時間になったら起こして・・・」
「ああ」
おれが請合うと、鈴は安心したように眠ってしまった。

このところ鈴がよく働いてくれると美郷姉がほめていたのを思い出した。
がんばりすぎて少し疲れているのだろう。

おれは笑って眠っている鈴の頭をなでた。
ちびクロが近寄ってきて、おれと鈴の足元にうずくまった。

鈴をひざに抱えたまま、夕焼け空をながめながら、おれはなんとなしに勾玉のことを思い出した。
リサトは藤太に「朝焼けの空のように輝く」と言ったらしい。
だが、おれが最後に勾玉を見たとき、勾玉は安殿皇子の元で夕焼けの空の色で淡く淡く輝いていた気がする。
ちょうどこんな色だった、とおれはもう一度夕焼けを見た。
あれからまだそんなに経っていないのに、もうはるか昔のことのような気がする。



はかまのすそをひっぱられてのぞきこむと、ちびクロが遊んでほしそうにおれを見上げていた。
おれはちょっと考えてから、鈴を起こさないように気をつけて、ちびクロの頭をなでてやった・・・。


 



        

 

 








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番外・真守の日記・思惑
at 2002 10/08 23:00 編集

祭りが近づくにつれて、若衆はみんな血気盛んになる。
かくいうおれもその一人になるわけだが、おれは一応日下部の若衆をたばねる立場なので、多少はわきまえている
つもりだ。

だが、そんなおれが冷静さを失うときがある。
竹芝の二連。
おれはあいつらがとにかく気に入らなかった。
お屋形の子だが家を継がない気軽さ。
見目のよい顔に抜群の運動能力。
たいして頭がいいわけでもないのに(頭のよさでは茂里というやつが有名だった)、自然と人をひきつける。
だれにでも好かれ愛される。

おれはどちらかといえば不器用なほうだ。
初恋の人の千種には気持ちを伝えられないまま、藤太に奪われた。
次に好きになったのは阿高の許婚の鈴だった。
本当に不器用以外のなにものでもない。

おれは将来日下部を担っていくものとしていくばくかの責任は感じているし、両親や妹の綾音や従姉妹の千種を
守っていこうと思っていた。
頭もそう悪いほうではないと思うし、運動能力もある方だ。
人望だってそれなりにはあると思う。
体力もあるし、仕事もきちんとするほうだし、自分で言うのはなんだが、日下部では一番の婿がねだと言われている。

素材だけならおれと二連にはそれほどの違いはないはずなのに。
なのに、おれと二連には決定的な違いがある。
人をひきつける力だ。
やつらはよくも悪くも人をひきつける。
おれにはそれがない。
それが悔しいから、おれはあいつらが嫌いなのだろう。
でも、嫌いだ嫌いだと言いつつ、結局ひきつけられている気がするのは気のせいだろうか。



「真守さん、どうかしたんですかー?」
背後からきゃいきゃいと甲高い声がした。
振り返ると、綾音と年の近い村の娘たちが立っていた。

「すまない、ちょっと考え事をしていた。なにか用事か?」
おれが尋ねると、娘たちはさざめくように笑った。
やがて、一人の娘が上目づかいで微笑みながらおれに言った。
「あの、真守さんってだれとお祭りに行くんですか?」
すると、堰を切ったように娘たちがいっせいにしゃべり始めた。
「菜緒を断ったって本当ですか?」
「どうして断ったんですか?」
「だれと一緒に行くんですか?」
「私じゃだめですか?」

質問攻めだ。
おれは苦笑した。
「なんだ、おまえら、祭りはもうすぐそこだぞ。まだ相手が決まっていないのか」
おれが茶化すと、娘たちは意味ありげに笑った。
「だって、ねぇ」
「真守さんが気をもたせるから」
まったくわけがわからない。
「なんだ、どういうことだ」
おれが言うと、娘たちは口をとがらせた。
「だって、真守さん今までは千種さん一筋だったでしょう?でも、千種さんがお嫁に行っちゃったから、みんな
真守さんがどうするのか気になってるんです」
「なのに当の真守さんははっきりしないんですもの、どうしても期待しちゃいますよ」

娘たちはおれが悪いのだといわんばかりの顔でおれを見た。
「真守さんにはっきりしてもらわないと、私たち困るんです」
声をそろえて責め立てられて、おれは頭を抱えた。
すると、一番美人の娘が自信ありげに微笑んだ。
「つまり、真守さんが無理だということがはっきりすれば、他の男をあたると、そういうことなんです」


今年は日下部のだれとも一緒にいくつもりはないのだというと、娘たちは潮がひくようにさっさと去っていった。
女の子というのは迫力のあるものだ。
いつもこんな目にあうのなら、二連もそれほどうらやましい立場であるわけではないのかもしれない。
そんなことを思ってため息をついていると、すぐそばの木陰から綾音がひょっこりと顔を出した。
「兄さん、大丈夫?」
「おまえ・・・見てたのか?いつから?」
「兄さんがみんなにとりかこまれて泡食ってるあたりから」
「見てたんなら助けろよ」
「あら、いいじゃない、たまには」
綾音はにっこりと笑った。
「初めて気づいたけど、客観的に見れば、兄さんって案外かっこいいのね。がんばれば二連に対抗できるわよ。
みんなに感謝しなきゃ」
綾音はおれの袖をひいて微笑んだ。
綾音は日下部一の美少女と言われているだけあって、わが妹ながらなかなかかわいらしい。
特に最近は祭りに向けて手入れに余念がないようだ。
長い髪もつやつやと輝いている。

「大丈夫だって。あたしが計画たててあげるから。兄さんのかっこいいところをばっちり見せて、あの子の心を
つかむんでしょ」
「ああ・・・だけど、鈴がそう簡単に心変わりするとは思えないんだが」
「兄さんがそんなことでどうするのよ。そんなことじゃあたしも困るんだからね。阿高なんて、ただでさえ難関
なんだから」
「わかったわかった」
おれがうなずくと、綾音は髪をかきあげて満足げに笑った。

正直、おれは本当に鈴が心変わりするなんて思っていない。
あの子はそういう子だろう。
もちろん阿高も。
そして・・・綾音も。
綾音は恋人とけんかして意地になっているだけだ。

そうわかっていてもおれが協力するといった理由は単純だ。
妹を思ってというのも少しはあるが、もしかしたら祭りの日に少しでも鈴と一緒にすごせるかもしれないと、
そう思ったからだ。

「兄さん、頼むわよ!」
自信に満ちてきらきらと微笑む妹を目の前にしながら、おれはあいまいに笑った・・・。



        



 








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阿高の日記51・晴れ着
at 2002 11/18 18:36 編集

明日は待ちに待った祭りだ。

夕飯を食ったあと、部屋に戻ろうとすると、千種と美郷姉がおれを呼んだ。
「できたわよ、お待ちかねでしょう」
美郷姉が自信満々の笑顔で包みを差し出して言った。
「鈴ちゃんの晴れ着よ」
「できたのか!」
おれは驚いた。
もしかしたら出来上がりは明日の朝になるかもしれないと聞いていたからだ。
「そうよ。千種ちゃんと一緒に夜なべ仕事でがんばったんだから」
「ありがとう」
おれが笑ってそういうと、美郷姉はおれをせかした。
「ほら、早く見てみてちょうだいよ」

言われるままに包みを開くと、中から美しい模様の着物が現れた。
赤い色の地に、桃色の糸が丁寧に織り込まれている。
鈴に似合いそうな着物だった。
「ありがとう。千種、美郷姉!」
おれが言うと、美郷姉はにこにこと笑った。
「千種ちゃんの織物、すごくきれいでね。裁つときにひさびさに緊張したわ。あんなに緊張したのは小牧姉の
花嫁衣装を仕立てたとき以来かもしれない」
美郷姉のうしろで微笑む千種の表情にも、控えめながら誇らしさがあふれていた。

「二人とも本当にありがとう。このお礼は絶対するから」
「ええ、待ってるわ。また鳥を射止めてきてちょうだい」
美郷姉の言葉に、千種も笑ってうなずいた。
「わかったよ」
おれは、二人に約束した。
そして、着物を持って自分の部屋へと急いだ。

「鈴!」
息せき切ってかけこむと、部屋では鈴が寝巻きに着替え、2枚しかない美郷姉のお下がりの着物を前に考え込んで
いるところだった。
鈴は振り返らずにつぶやいた。
「ねえ、阿高。明日のお祭りにはどちらの着物がいいと思う?どちらも気に入っているから迷っているの」
おれは微笑んで鈴の目の前に新しい着物を広げた。
「鈴のだよ」
「え?」
鈴はわけがわからないという風に目を白黒させた。
「千種と美郷姉が作ってくれたんだ。明日の祭りに着ていくといい」
「わたくしのなの?」
やっと理解したらしい鈴は、頬を真っ赤にして顔を輝かせた。
そして、着物をじっと眺めた。
「千種が織った布らしい。仕立ては主に美郷姉がしてくれたようだよ」
おれが言うと、鈴ははじかれたように立ち上がった。
「わたくし、お礼を言ってくる!」
そう言って鈴は駆け出したが、ふいに戻ってくると、おれに飛びついた。
「阿高が頼んでくれたのでしょう。ありがとう」
そして、おれのほおにひとつくちづけると、今度こそ部屋を飛び出していった。

鈴が喜んでいるのを見るとおれまでうれしくなる。
明日の祭りが楽しみだ。




 



苑上の日記51・晴れ着
at 2002 11/20 23:22 編集

今日、寝る前に明日着ていく着物を選んでいました。
わたくしは美郷さんにいただいた着物を2枚持っています。
どちらを着ていこうか迷っていると、突然阿高がかけこんできました。
そして、わたくしの目の前に新しい着物を広げて言いました。
「鈴のだよ」
一瞬、なんのことだかわからなかったけれど、わかった瞬間うれしくてうれしくて、胸が熱くなりました。

とても見事な織りの布でできていて、すぐに千種さんが織ったものだとわかりました。
すごくきれいでうれしかったです。
都にいたときには、頻繁に衣を新調していたけれど、新しい着物がこんなにうれしいのは初めてでした。

美郷さんと千種さんにお礼を言いに行ったら、やはり阿高が頼んでくれたのだということでした。
「まあ、頼まれなくてもやる気だったけれどね」
と美郷さんは笑っていました。
千種さんも、明日は実家のご両親から送っていただいた新しい着物でお祭りに行くそうで、一緒に行こうねと
約束しました。
美郷さんも、明日はわたくしと千種さんを、腕によりをかけて着付けてあげると約束してくださいました。

新しい着物を着せてもらって部屋に戻ると、阿高は部屋の隅であぐらを組んで座っていました。
阿高はわたくしを見上げると、にっこり笑いました。
「よく似合ってる。よかったな」


わたくしは新しい着物がうれしくてたまらなくて、寝る直前まで着たままでいました。
寝るときには丁寧にたたんで枕元に置いておきました。
見るたびにうれしくて顔が笑ってしまいました。

明日はお祭り。
本当に楽しみです。

 



        

 

 








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阿高の日記52−1・祭りの日の朝
at 2002 12/13 21:09 編集

朝、いつもより早く目が覚めた。

今日は祭りだ、と思うと、わくわくして、いてもたってもいられなかった。

いつもより早く起きたのに、鈴はもういなかった。
そういえば、今日は朝早くから身支度をするのだと言っていた。

おれが起きだすと、いつもは寝坊な藤太ももう起きていた。
「千種と鈴は奥で着替えているようだよ。おれたちも早いとこ準備しよう」
「ああ」

とは言うものの、おれたちの準備なんて簡単なものだ。
祭りと同時に行われるすもう大会に備えて真新しいふんどしを締め、ちょっとましな着物を着るだけだ。

「悪いけど、今年の優勝はおれがいただくからな」
藤太がにやりと笑った。
「今年の褒賞は国司殿が奮発して美しい玉を出したらしい。おれはまだ千種に何もやってないから。その玉を
千種にやりたいんだ」
「おれだって鈴に何もやっていないよ」
おれが言うと、藤太は笑った。
「お前はいいんだよ」
「なにがいいんだ」
おれが憤慨すると、藤太は口の端をつりあげた。
「おまえは鈴にいろんなものをやったよ。鈴もおまえにいろんなものをくれただろう。千種もおれにいろんなものを
くれた。おれが死にかけたときにも助けてくれた。でも、おれはまだなんにも千種にあげていないんだ」

おれは眉をしかめた。
「だからって勝ちは譲れないぞ」
「かまわないさ。すもうではおれのほうが強いからな」
「そんなことわかるもんか」
「わかるんだよ。すもうは体で有利不利が決まるからな。おまえは不利だ」

おれは何も言い返せなくなって、黙り込んだ。
「いいじゃないか、おまえは神事の騎射でいいところを見せれば。あっちのほうがよっぽど目をひく」

藤太がそう言ったとき、奥から美郷姉が出てきた。
「はい、お二人さん、お待ちどうさま」
美郷姉は奥に向かって手招きした。
「鈴ちゃん、千種ちゃん、いらっしゃい」

美郷姉に呼ばれて、先に千種が姿を現した。

日下部の両親から送られてきたという晴れ着を着ている。
藤太は千種をきれいだとほめちぎった。

そして、千種のあとから、鈴も出てきた。
鈴は、あの新しい着物を着ていた。
とても形よく着付けてもらっている。
髪はおろしているが、2箇所だけ赤い髪結い紐で結んでいた。

美郷姉が、おれの背中を一発はたいた。
「ほら、見とれてないで、なんか感想はないの?」
「あ・・・かわいいよ」
おれが言うと、鈴はうれしそうににこにこした。

美郷姉はおれのえりくびをつかんだ。
「千種ちゃんはともかく、鈴ちゃんはお祭りはまるっきり初めてなんだからね、ちゃんと守りなさいよ。毎年
祭りじゃ騒ぎが起きるんだから。まあ、もっとも騒ぎの元はたいていあんたたちだったけど」

美郷姉はさんざんおれに説教をしたが、ひととおり言い終わると、やっとおれたちを送り出してくれた。

鈴と手をつないで歩き出すと、鈴は顔中を笑顔にして微笑んでいた。
「お祭り、楽しみね!わたくしは初めてだから少し緊張するけれど」
「はぐれないようにな」
「うん」
鈴がおれの手を握り締めた。
おれも鈴の手を握り返して笑った。



 



        

 

 








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阿高の日記・52−2・花飾り(くのえさんへv)
at 2003 01/04 04:13 編集

「きゃっ」
小さな叫び声とともに、ふいにつないだ手が強く引かれた。
鈴がよろめく。
反射的におれも手に力をいれた。
つないでいないほうの手で鈴の着物の袖もひっぱった。
体勢がくずれて、おれは鈴を抱えたまま地面に転がった。

一瞬後、事情がわかった。
鈴が道端の小石につまづいて転びかけたのだ。
おれは腕の中の鈴を確かめた。
大丈夫、無傷だ。
ほっとした。

おれがとっさに抱きかかえたので、鈴はけがこそしなかったが、せっかく美郷姉にきれいに着付けてもらった着物は
乱れてぐしゃぐしゃになり、髪につけていた花も飛んでしまった。

「阿高・・・ごめんなさい」
「おれはいいけど、気をつけろよ」
「うん。ごめんなさい・・・」

鈴はおれに謝り、自分の着物に目を落として悲鳴をあげた。
「着物が!」

鈴の目が申し訳なさそうにうるんだ。
「どうしよう・・・わたくし・・・。せっかく美郷さんが・・・千種さんが・・・」
鈴はよほど悲しかったらしく、切れ切れにつぶやきながらうつむいてしまう。

乱れて後れ毛の散らばってしまった髪。
飛んでつぶれてしまった頭の花飾り。
少しだけ土汚れのついてしまった、着くずれた着物。
片方脱げたぞうり。
そして、涙。

鈴はそんな姿で立ちつくしていた。

「鈴」
おれが声をかけると、鈴ははっとしたように顔をあげた。
そして、あわてて身なりを整え始めた。
着物のほこりを払い、着くずれた着物を元に戻そうとする。
だが、なかなかうまくいかない。

おれは鈴の頭に手をおいた。
「おれがやる」
「え?」
驚いた顔の鈴の肩を抱いて、おれはすぐそばの木陰に入った。

「おれが直す。いいか?」
おれの質問に鈴がこっくりうなずいた。

おれはさっそく鈴の帯を少しゆるめた。
着物の襟や丈をきちんとあわせてまた帯をしめてやる。
美郷姉のようなきれいな結び方はできなかったが、見られる程度にはきちんと結んだ。

鈴の顔がみるみるほころんだ。
「ありがとう、阿高」
歩き出そうとする鈴をおれは押しとどめた。
「まだだよ」

鈴をその場に座らせて、今度は髪を整える。
手ぐしですいてやると、鈴の柔らかな髪はすぐにきれいにまとまった。
おれはあたりを見回して、足元に咲いていた小さな花をつんだ。
はじめに鈴が飾っていた花とは、大きさも美しさも比較にはならない小花だったが、鈴の頭に飾ってやると、
鈴はうれしそうに笑った。

「よし、できた。じゃ、行くか」
「ええ」

そうして、おれたちはもう一度手をつないで、今度は鈴が転ばないように気をつけながら祭りへと向かったのだった。







52−3(お祭り)・阿高の日記
at 2003 08/27 00:35 編集

氷川の社に着くと、もう祭りは始まろうとしているところだった。
社の入り口では、藤太と千種が待っていた。

「遅いぞ、二人とも」
藤太が笑った。
「なんてったって、鈴には初めての祭りなんだからな。せっかくの見ものを逃す手はない」
「ああ、そうだな。全部、鈴に見せたい」
おれがいうと、鈴はわくわくした表情で尋ねた。
「お祭りって何をするの?」

「「それは見てのお楽しみ」」

おれと藤太の声がだぶる。

「もう、二人ともずっとそればっかり」
千種がくすくす笑った。
「少しは教えてあげないと。鈴ちゃんだってわけがわからなくなっちゃうわよ」

「それもそうだな」
千種の言葉に、藤太はあっさりうなずいた。
「うん」
おれもうなずく。

「ええと、まず神前奉納の流鏑馬だな。それから、奉納相撲。明るいうちはこんなもんか」
「暗くなったら何をするの?」
鈴の問いに藤太がにやっと笑った。
「踊るのさ」
「舞を舞う、ということ?」
「まあ、そういうことかな。そんな上品なもんじゃないが」
「わたくしも?舞うの?」
「もちろん。祭りで一番楽しいのはこれだからね」

藤太の言葉に鈴はさっと青ざめた。
「どうしよう、阿高。わたくし、舞の練習なんてだいぶ長いことしていないの」
おれのそでをつかんで不安そうな表情をしている鈴がかわいくて、おれは我慢できず吹き出した。
「ひどい、阿高」
「そうじゃないんだ」
おれはあわてて笑いをひっこめた。
「大丈夫、鈴が思っているような舞じゃないから。心配ないさ」
「でも、振りもわからないのにどうすればいいの?」
「だから、適当に踊ればいいのさ」
「適当に踊るって、どうやって?」
鈴は困りきった表情でつぶやいた。

「大丈夫よ。踊りの前に、私が少し教えてあげるから。だから元気をだして、ね?せっかくのお祭りなんだから、
心配なんかしないで思い切り楽しむのがいいわ」
千種の言葉に、鈴はほっとしたようにうなずいた。
顔にも赤みが戻る。

「ごめんなさい。わたくし、舞が苦手だったものだから、ついくせで緊張してしまって」
「いや、中途半端に説明したおれも悪かったんだ」
藤太が頭をかいた。

おれも鈴の頭に手をおいて、いった。
「本当に、何も心配することはないよ。ただ・・・」
「なあに?」
「・・・迷子にだけはならないでくれ」
「もう、阿高ったら」
実際、何度も迷子になったことのある鈴は少し赤くなってふくれた。
そんなおれたちのやりとりに微笑みながら、千種が言った。
「そろそろ行きましょう。もうすぐ始まる頃よ」
「お、そうだったな」
藤太がうなずいて、千種と社の方へ歩き出した。

おれは鈴ともう一度手をつないで、藤太と千種の後に続いた・・・。

 



        



52−4(お祭り)・苑上の日記
at 2003 11/03 00:35 編集

お社の境内に入ると、中は人でごったがえしていました。

「あ」
千種さんが声をあげました。
「あそこにいるの、わたしの両親だわ」
「本当だ」
藤太はちょっと考えてからいいました。
「おれ、千種と一緒にちょっと挨拶してくるよ。先に祭り見物でもしていてくれ」
「わかった。一応しばらくはここで待っているよ」
阿高が言うと、藤太と千種さんはわたくしにも謝りながら行ってしまいました。

阿高とわたくしは、二人して大きな木の幹に背中をあずけてもたれかかりました。
「藤太のやつ、千種の親父さんに認められたくて必死なんだ」
阿高はつぶやきました。
「おれも鈴の親父さんには認めてもらいたかったと、少し思うよ」
わたくしは微笑みました。
「父上は阿高を認めていらしたのだと思う。皇を救ってくれたあなたを。だからこそ、仲成さまもわたくしを
連れ戻したりなさらなかったのだと思うの」
「そうかな?」
阿高は自信がなさそうに頭をかきました。
「ええ。絶対にそうよ」
わたくしが断言すると、阿高はうれしそうに笑いました。
「鈴が言うのなら、そう信じておくことにする」

そうして、わたくしと阿高がおしゃべりをしていると、女の子が一人近づいてきました。
「阿高さん?」
女の子は阿高をじっと見つめていました。
きれいな女の子でした。
年はわたくしと同じか、少し上のようでした。
赤い着物を着て、大きな赤い花を頭に飾っています。
女の子は濃いまつげにふちどられた大きな黒目がちの瞳で阿高を見上げていました。
「今日の流鏑馬神事に参加する阿高さんですよね?」
「そうだけど。なにか?」
阿高のそっけない返事にも関わらず、その女の子は満面の笑みで言いました。
「あたし、綾音といいます。今日の流鏑馬に参加する方のお世話をする係なんです。一緒にきていただけますか?」
「もう?ずいぶん早くないか?」
「すみません。今年は手順が変わったので早いんです」
その子はそう答えて、また華やかに微笑みました。
「さ、早く」
そう言って阿高のそでを引っ張ります。
阿高はわけがわからないという顔をしながらも、うなずきました。
そして、わたくしの方を振り返り言いました。
「ごめん、鈴。流鏑馬が終わったらすぐに戻ってくるから。それまで藤太たちと一緒にいてくれ」
「ええ、わたくしは大丈夫。心配しないで」
わたくしはそう答えたものの、その女の子に腕をとられてひっぱっていかれる阿高を見たときにはなんだかさびしく
なりました。

わたくしはひとまず藤太たちを探すことにしました。
わたくしがきょろきょろしていると、突然後ろから肩をたたかれました。
振り返ると、そこには真守さんが立っていました。
真守さんはお祭り用らしい上等な着物を自然に着崩してしていて、いかにも若衆をしきっている感じの風格が
ありました。
真守さんの後ろには何人もの女の子たちがいました。
「真守さん、この子だれ?」
「あんた、日下部の子じゃないよね」
「もしかして、この子じゃない?噂の」
「ああ、阿高が都から連れてきたって言う」
「その割りにたいしたことないね」
「綾音の方がよっぽど美人じゃない」
あまり好意的でないたくさんの言葉に、わたくしは少しこわくなりました。
すると、真守さんは表情を険しくして、女の子たちにいいました。
「うるせえな。鈴は美人だよ。鈴に変なことを言ったら許さないからな」
真守さんのあまりの剣幕に、女の子たちはぴたっと黙り込みました。
だれも言葉を発しなくなったかわりに、女の子たちの中で一人だけはじめから黙り込んでいた子が泣き出しました。
「菜緒、泣かないでよ」
他の女の子たちがその子をなぐさめました。
真守さんは、菜緒という子に対して、少し言葉をやわらげて言いました。
「すまない、菜緒」
女の子たちは菜緒と呼ばれた子を囲むようにして、どこかへ行ってしまいました。

わたくしは訳がわかりませんでした。
自分の肩にのせられた真守さんの腕をどけてから尋ねました。
「あの子はどうして泣いていたの?他の女の子はわたくしのことを怒っているようだった。どうして?」
「あいつらはおれと祭りに行きたいと言ったんだ。でも、おれは断った」
そして、真守さんはわたくしを正面から見ていいました。
「おれは鈴と祭りに行きたいからって」
「でも、わたくしは阿高と」
「知っているよ。でも、他の子とは行きたくなかったんだ」
「でも・・・」
わたくしが口ごもると、真守さんは微笑んで言いました。
「今日の着物も花飾りも、鈴によく似合っている。すごくきれいだ。鈴は色が白いから、薄桃色がよく似合うな」
「あ、ありがとう」
あんまり真正面からほめられたので、なんだか気恥ずかしくなってしまいました。
「わたくし、藤太と千種さんを探さないと」
この場から逃れたくてそういうと、真守さんは少し表情を改めました。
「今は行かないほうがいい。さっき見かけたけれど、千種の両親と4人でずいぶん真剣な話をしているようだったよ」
「そう・・・」
「鈴も初めての祭りで一人ぼっちじゃ心細いだろう。千種たちが戻ってくるまで、おれも一緒に待っているよ」
「でも・・・」
「おれも千種に用事があるんだ。それに、変な男やよっぱらいもいるから鈴一人じゃ危ない。鈴に何かあったら
おれが千種になぐられちまうよ」
真守さんはそう言って、にっこりと微笑みました。





52−5・苑上の日記(お祭り)
at 2003 12/03 00:03 編集

「鈴は・・・おれのことどう思ってる?」
真守さんは、真顔でわたくしに言いました。
「どうって・・・」
わたくしが口ごもると、真守さんはわたくしに一歩近づいてきました。
わたくしは思わず後ろに一歩下がろうとしましたが、すぐ後ろに木があったのでそれ以上は下がることはできません
でした。

「鈴」
真守さんがさらに近づいてきました。
わたくしは目を伏せ、なんとか真守さんとの距離を保とうとしました。

「頼むよ、鈴。たまには目をそらさないで、おれを見てくれ。見るだけでいいから」
真守さんに何度もそう請われて、わたくしは顔を少しだけ上げました。

真守さんは、真剣な顔つきでこちらを見ていました。

形のいい眉と鼻。口元。

阿高や藤太を除けば、真守さんは姿のかなりよいの若者なのかもしれないと思いました。


「鈴」
真守さんは、わたくしにいいました。
「鈴は阿高の何なんだ?」
「わたくしは、阿高が好きなの」
答えになっていないとわかっていましたが、わたくしはそういいました。
「それはもう知っている」
真守さんはそう言い放ちました。
「でも、鈴にはおれを好きになってほしいんだ、阿高よりも」
真守さんはそういうと、わたくしの右の方を指差しました。
「え?」
真守さんの指差したほうを見ると、流鏑馬の仕度を整えている阿高が小さく見えました。
阿高のそばには赤い着物の女の子が付き添っているようでした。

(あの子だ・・・あのきれいな子)


わたくしは何かもやもやしたものを胸の奥に感じながら、阿高の姿を目で追っていました。。


(続く)

 
★申し訳ありませんがこのお祭り編の続きはこれから書きます。


        

 

 










阿高の日記53・祭りの後
at 2004 05/09 04:21 編集

朝起きると、少し体がだるかった。
祭りはとても楽しいが、やはり体にこたえる。

鈴はまだ寝ていた。
幸せそうに微笑んで静かな寝息をたてている。

おれは鈴を起こさないように気をつけて、そっと庭へ出た。

駆け寄ってきたちびクロとクロをなでてやりながら、おれは伸びをした。
疲れの残った体がぼきぼきと音をたてる。

楽しい祭りは終わって、今日からまたいつもの日常が始まる。

・・・いつもの日常。




「阿高、もう起きたの」

いつのまにか起きだした鈴が、おれに声をかけた。
「今朝はずいぶん早いのね」
そう言って笑いながらちびクロたちを抱きしめている。


いつもの、日常。

鈴が一緒ならそれも悪くないなと思いながら、おれは鈴のあたまをなでてやった・・・。





 



苑上の日記53・祭りの後
at 2004 05/22 20:20 編集

朝、目が覚めたら、部屋の中に阿高がいませんでした。

ちびクロたちのところかなと思って庭に出ると、そこに阿高がいました。


「阿高、もう起きたの」
わたくし声をかけると、阿高は驚いたように振り返り、わたくしに気づくと優しく笑ってくれました。

見慣れたはずの阿高の笑顔なのに、やっぱりとてもうれしくて、わたくしも微笑みました。

わたくしがちびクロたちをなでていると、阿高がわたくしの頭をなでてくれました。


楽しいお祭りは終わってしまったけれど、阿高と一緒なら、普通の毎日だってきっと楽しいだろうなと思いました。




 





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