苑上の日記34・枕
at 2002 01/08 01:00 編集

今日は一日中阿高と一緒にいました。
お父様のお許しがあったので、わたくしも阿高も今日はお仕事をしなくてよいことになったのです。

わたくしはゆうべは日下部の納屋でよく眠れなかったので、うとうとしていたら、阿高はあぐらを組んで、自分の足を
枕にして横になっていいと言ってくれました。

うれしかったけれど、阿高の方こそ心配でした。
「でも、阿高もゆうべは寝ていないのでしょう。眠らないと」
わたくしが言うと、阿高は美郷さんがわたくしのために敷いてくれた布団にごろりと横になりました。
そして腕を横に出しました。
「なら、おれも眠るから、おれの腕を枕にすればいい」

阿高の腕がしびれてしまわないか少し心配だったけれど、とても眠かったので、わたくしは思い切って、遠慮せず頭を
阿高の腕にのせました。
阿高の体はいつものように温かくて、着物の布越しに阿高の体温が伝わってきました。



目が覚めるともう空が夕方の色でした。
いつのまにか眠ってしまったなあと思いながら阿高の顔をのぞき見ると、驚いたことに、阿高はわたくしをじっと見て
いました。

「阿高?もしかして眠れなかったの?」
「いや、少しは眠ったよ」
阿高は微笑みました。
そして、わたくしを抱きしめました。
「ずっとこうしていられたらいいのにな」
「そうね」
わたくしが笑って阿高を見ると、阿高はなんだか少し寂しげでした。

わたくしが心配をかけたせいだと思いました。

どうしたら阿高は安心してくれるのでしょう。
阿高が安心して笑ってくれるように、自分で自分を守れるようにがんばろうと思いました。



 



阿高の日記34・枕
at 2002 01/11 22:33 編集

今日、一日中、鈴と一緒にいた。
親父さまは、
「今日は仕事を休んでいいから、鈴さんについていてやりなさい」
と言ったけれど、たとえ親父さまからお許しが出なくたって、おれはそうするつもりだった。

鈴と一緒に座っていた。
それだけで涙が出そうになった。
人は大切なものをなくしかけないとその大切さに気づかないとよくいうけれど、おれもそうだった。
今までだって、鈴のことを好きだったし、大切に思っていたけれど、こんなにかけがえのない存在だとは意識して
いなかった。
鈴がいなくなったら自分がどうなるかなんて、考えたこともなかった。

鈴が眠そうにしていたので、あぐらのひざを枕に貸してやろうとしたが、鈴が遠慮した。
おれの体を心配しているのだ。
おれも眠れと鈴は言った。

言われるまま、横になった。
腕を出して、鈴の枕にしてやった。
鈴は疲れていたらしく、すぐに眠ってしまった。
おれも鈴にならって目を閉じた。
目を閉じても腕の重みで、鈴がいると安心できた。

でも、眠れなかった。
奇妙なほど目がさえていた。

いろんなことを、考えた。

どうすればいいのだろうかと。

この世の危険全てから鈴を遠ざけるようなことは現実的に考えて不可能だ。
それに、もしかしたら病気になるかもしれない。
もし、鈴が先に死んだら・・・。

おれは考えるのをやめた。
考えたくなかった。


夕方になって、美郷姉の作る夕飯の匂いが漂う頃、鈴が目を覚ました。
おれがじっと見ていると、鈴はおれが起きていたことにおどろいたようだった。
「阿高?もしかして眠れなかったの?」
鈴は心配そうな顔をしていたので、おれはうそをついた。
「いや。少しは眠ったよ」

そして、言った。
「ずっとこうしていられたらいいのにな」
鈴を抱きしめた。
そんなことは無理に決まっているとわかっているのに、つい口からこぼれ出た。

なぜか、おれがチキサニになったときのことを思い出した。
チキサニと勝総。
おれの父と母も同じようなことを願ってはいなかったかと。

「阿高。わたくし、ご飯のしたくを手伝わないと」
鈴がおれを促した。

鈴について部屋を出た。
今夜も眠れなさそうだと思った・・・。
 



阿高の日記35・雪
at 2002 01/20 15:51 編集

今日は仕事に出た。
仕事が終わると、急いで屋形に帰った。
鈴がいるのを確かめた。

鈴は庭にいた。
ちびクロたちにえさをやっていた。
「あ、阿高。お帰りなさい」
鈴がおれに気づき、しゃがんだままこちらを見て微笑んだ。
おれも鈴の横にしゃがみこんだ。

目の前ではちびクロとクロがすごい勢いで餌を食っていた。
その様子を、鈴はほお杖をついてにこにこしながら見ているのだった。

「この子たちもね、わたくしのこと心配してくれたみたい。ちびクロもね、今日はなんだかいつもより優しいのよ」
そしておれに向いて笑った。
「単にわたくしがえさ係だから心配だったのかもしれないけれど」

おれは首を振った。
「ちびクロは鈴のことを心配してたよ。というか、おれの気持ちがあいつに伝わってしまってたのかな」
おれが言うと、鈴はうつむいた。
「ごめんなさい、心配かけて」
「鈴は悪くない。謝る必要なんてないさ」
むしろおれのほうが謝らなくてはと思った。
日下部とのいざこざに鈴を巻き込んでしまったのだから。

と、ふいにちびクロがほえた。
はっとして顔をあげた。
雪だった。
大きくふんわりとした羽のような雪が、空から無数に降ってきていた。

「雪!」
鈴が叫んだ。
そして、手のひらで雪をうけとめようとした。
何度目かの挑戦でやっと成功した鈴は、おれにそれを見せた。
でも、雪は鈴の手の上で、もうただの水滴になってしまっていた。
鈴はくすくす笑った。
「この雪、つもるかしら?雪で遊んでみたいわ」
「遊んだこと、ないのか?」
何気なく尋ねてから後悔した。鈴が皇女だったことを忘れていた。
「そうね。乳母の榛奈はわたくしが風邪をひいたら大変だと言って、それはいつものことなのだけれど、雪のときには
絶対外に出してくれなかったわ」
「そうか」
「でもね」
と鈴はいたずらっぽく笑った。
「一度だけこっそり抜け出したことがあるの。雪が降る中。どうしてもやってみたいことがあって」
「やってみたいことって?」
「あのね、お歌でよく使う言葉で、わが衣手に雪は降りつつというのがあるの。それを実際にやってみたくて、袖に
雪がつもるまで外に立っていたの」
「袖に雪?」
おれは驚いて叫んだ。
「ええ、そう。それで結局、風邪をひくわ、着物はぬれるわで、榛奈にもばれてしまったの」
鈴はそう言って笑った。

おれは鈴の子供時代を想像していた。
皇女さまのわりに元気な子供だったのだろうなと思って、思わず微笑んだ。

そして、おれはいつのまにか別のことを考えていた。
去年のいまごろ死んでしまった老夫婦のことを。
去年の冬のある朝、老夫婦の妻が死んだ。
そして、次の日の夜、夫も死んだ。
二人とも老衰で、夫の死は、妻の死を嘆き悲しんでのことだということだった。
去年聞いたときは不思議だった。
そんなに年老いたら死ぬのは当たり前で、それを夫はどうしてそんなに悲しむのかと。

だけど、今なら気持ちがよくわかる。
おれもきっとそうだろうから。
たとえ、どれほど年をとってしまったとしても、鈴が死んだらやっぱり悲しくてたまらないだろうから。

「阿高?」
鈴に呼ばれてはっとした。
また考え込んでしまっていた。
「大丈夫、阿高?」
鈴は笑っていた。
「ああ」
おれはうなずいた。
思い切り空を見上げた。

灰色の雲に覆われた空のどこかから、無数に降ってくる雪。
雪が降ってくるのを見上げたのは初めてだった。
雪がときどき目に入ったけれど、おれは気にせず空を見ていた。
不思議な気持ちだった。
空から無数に落ちてくる雪。
大きく、小さく、空一面に。

ああきれいだ、と思った。


空を見上げるのをやめて、おれは鈴を見た。
鈴はちびクロやクロと一緒に雪を追って駆け回っていた。


「あたかー!」
鈴が駆けてきた。
手に小さな雪玉を持っていた。
「見て。雪を集めて作ったの」
おれは微笑んだ。
「明日雪が積もったら、藤太たちやみんなと雪合戦をしようか」
「雪合戦って?」
「そんな雪玉をみんなでぶつけあうんだよ」
「おもしろそう。やってみたいわ」
鈴はそう言って目を輝かせた。

「ねえ、阿高。息が白くなってる」
「本当だ。ずいぶん冷え込んできたな。そろそろ戻るか」
「明日、積もるかしら?」
「このぶんなら積もるよ、きっと」
おれがうけあうと、鈴はうれしそうに笑った。


なんとなく、今夜は少し眠れそうな気がした・・・。









←深佳さん画

 



苑上の日記35・雪
at 2002 01/12 11:07 編集

今日、阿高とちびクロたちにえさをやっていたときに、雪が降ってきました。
今まで、あまり雪にさわったことがなかったので、とてもうれしくなりました。
ちびクロたちもうれしそうでした。

阿高はずいぶん考え事をしていたけれど、その後はにこにこしていました。
阿高が笑っているので、余計にうれしくなりました。

阿高は、明日雪が積もったら雪合戦をしようと言ってくれました。
雪合戦とは、雪玉をぶつけあうことだそうです。
わたくしはやったことがないけれど、とても楽しそうです。
明日は雪が積もるとよいなあと思いました。 



番外・千種の日記・噂
at 2002 01/13 22:42 編集

今日、糸をとりに機織り小屋に行くと、娘たちが噂話に花をさかせていた。
そして、私が入っていくと、ちょうどいいところにきたという表情で、みんなは私に尋ねた。
「ねえ、千種さんって阿高と一緒に暮しているんでしょう。阿高ってお屋形ではどうなの?」
「どうって?」
よくわからなくて私が訊き返すと、娘たちはくすくす笑った。
「阿高ってあのとおり、何を考えているのかわからない人じゃない。でも、お屋形では違うのかなって」
「ああ、そういうことね」
私はうなずいた。
そして、考えた。

阿高のこと、初対面のころは苦手だった。
何を考えているのかぜんぜんわからなかったし、なんだかこわかった。

でも、今はそれほど苦手ではない。
まだ一対一で親しくしゃべることはできないけれど、鈴ちゃんといるときの阿高を見ていたら、だんだん阿高のことが
こわくなくなってきた。

「鈴ちゃんといるときはいつもにこにこしてるわ」
私が言うと、みんなは目を見開いた。
「阿高が?」
「にこにこ?」
と口々に叫ぶ。
そして、娘たちはそろってため息をついた。
「阿高がにこにこなんて、藤太たちと一緒のときにしかないことだと思っていたわ」



「千種」
雪の降り出した中、お屋形に戻ると、阿高に声をかけられた。
さっき噂してきたばかりだったので、なんとなく気まずかった。
「なあに?」
私が勇気を出して笑顔で答えると、阿高は微笑んで言った。
「明日、雪が積もったら雪合戦をしないか?鈴が雪で遊んだことがないというんだ。藤太には伝えておいたんだが」
「いいわ」
私は笑いながらうなずいた。
阿高は本当に鈴ちゃんと出会って変わった。
以前の阿高になら、雪合戦に誘われるなんて夢にも思わなかった。
「よかった」
阿高は微笑んだ。



明日は雪合戦。
雪合戦なんて、何年ぶりだろう。
幼い頃には真守たちとしていたけれど。


なんだか少し日下部のみんながなつかしくなった・・・。


 



阿高の日記36・雪合戦(深佳さんリクエスト)
at 2002 01/30 21:54 編集

朝、起きると、外は一面の銀世界だった。
見事に雪が積もっていた。
鈴は大喜びだった。

雪合戦をするために、仕事をさっさと片付けた。
広梨も誘ったけれど、彼女に会いに行くと言って断られた。
広梨はおれたちのことをうらやましいとぼやいていた。
「おまえらはいいなあ。彼女と同居してるんだからさ。おれなんて、彼女の親父さんこわいし、なかなか会えない
んだぞ。今日を逃すとまたいつ会えるかわからないし。だから悪い、またな」
そう言って、うれしそうに帰っていた。
「あいつ、足が踊ってるよ」
藤太がおかしそうに言った。

広梨に言われて、おれは自分がわがままだったことに気づいた。
おれは鈴と一緒に暮せる。
本当なら、都と武蔵に離れて、一生会うこともなかったかもしれないのに。

幸せだと思った。
一人で不安になっていた自分をばかだと思った。
不安になっても何も解決しない。
おれの不安はきっと鈴にも伝わってしまっていただろう。

ばかだった。
おれがすべきことは、決まっていたのに。

鈴を全力で守ること。
鈴を幸せにすること。
鈴がいつも笑顔でいられるようにすること。

鈴を思いすぎて、大切なことを忘れていた。

「阿高」
藤太と野良道具を納屋に片付けにいこうとしていたら、背中に飛びつかれた。
鈴だった。
振り返ると、その後ろで千種がくすくす笑っていた。
「鈴ちゃんが待ちきれないって言うから、迎えに来たの」
「千種」
藤太が千種に駆け寄った。
「会いたかったよ、千種。さっき広梨に好きな子と一緒に住めるなんて幸せ者だって言われてね。そうしたら、急に
千種に会いたくなった」
藤太はそんな、歯の浮くような台詞をすらすらと言って、千種を抱きしめた。
「ちょっと、藤太」
千種は驚いていたけれど、幸せそうだった。

おれは鈴を見た。
鈴はにこにこしながら藤太と千種を見ていた。
「どうしたの、阿高」
おれの視線に気づくと、鈴は不思議そうに言った。
おれは、とてもじゃないけれど藤太のまねはできなくて、黙って鈴の頭をぽんぽんとした。
鈴はうれしそうに笑った。
「雪がとけてしまわなくてよかったわ。わたくし、心配で、何度も庭を見にいったのよ」
鈴が心配そうにうろうろしている姿を想像して、おれは思わず微笑んだ。


雪合戦はなかなか盛り上がった。
みんなで手に布をまきつけて、雪玉をにぎった。
藤太とおれ対千種と鈴で戦った。
「鈴ちゃん、藤太たちをやっつけてやりましょうね」
と、千種も張り切っていた。
おれたちの方が断然有利だと思って手加減していたのだが、意外にも千種はずいぶん雪合戦がうまかった。玉の作り方
も、投げ方も、器用でうまい。確実に当ててくる。

「昔、真守たちとやってたらしいよ」
藤太がおれの考えを察したかのように、笑いながら言った。
真守、という名前に、一瞬いろいろ考えそうになったけれど、次々と飛んでくる雪玉に集中した。

鈴も、思ったよりずっと上手だった。
「うまいな」
おれが言うと、鈴は得意そうに笑った。
「だって、今日、ずっと千種さんと練習していたもの」
「練習?」
そういえば、おれたちを迎えにきたときに、二人ともすでにほおを赤くしていたような気がする。
一生懸命雪合戦の練習をする鈴を想像して、おれはまた笑った。

千種と鈴の連携攻撃に、おれたちはとうとう降参した。
二人が交代でせっせと雪玉を作り、狙い定めて投げてくるのだからたまらない。

「ひどいよ、千種。顔に当てるなんて」
藤太が苦笑すると、千種はにっこり笑った。
「あら、ごめんなさい。手元が狂ったみたい。昼間に、機織り小屋で藤太のおもしろい噂をいろいろ聞いたせいかしら」
「おもしろい噂・・・って?」
とたんに藤太があせる。
「藤太って女の子と見ればだれにでも優しくて始末におえないわね、って話よ」
「千種、誤解だよ。おれは」
「はいはい。あとで聞くわ」
千種は藤太を適当にあしらうと、おれたちに向かって微笑んだ。
「わたしたちは帰るけど、鈴ちゃんたちはどうするの?まだ遊ぶの?」
千種に尋ねられると、鈴は元気よくうなずいた。


藤太たちが帰ってしまってから、鈴はおれを先導して、どこかに向かって歩き出した。
「鈴。どこに行くんだ」
尋ねたけれど、鈴は答えない。
ただ、笑って、ときどき小さな雪玉を作ってはおれにぶつける。本当に楽しそうに。
「こら、鈴」
おれは笑いながら鈴に近寄り、鈴の腕をつかんだ。
すると、鈴は微笑んで銀杏の木の下を指差した。
「見て、阿高」

それは小さなかまくらだった。
人がしゃがんでやっと入れるくらいの高さで、広さは二人が限界というくらいの、小さなかまくら。
「すごいな。鈴が作ったのか?」
おれが尋ねると、鈴は本当にうれしくてたまらないという顔で笑っていた。
「千種さんと作ったのよ。途中で広梨が通りかかって手伝ってくれたの。男の人ってすごいのね、どんどん雪を運んで
きてくれるのだもの」
そして、おれの手を引いた。
「ね、入ってみましょうよ」

そろそろ太陽が沈みそうな空気の中、かまくらのなかはいっそう薄暗かった。
おれが持っていた蓑を地面にしいて、二人で腰をおろした。

「阿高、元気になったのね」
「え?」
「元気なかったでしょう、ずっと」
やっぱり鈴は気づいていたのだ、と思った。

「ああ。だけど、もう大丈夫だよ」
「ええ、そうね。今日の阿高の顔、すごく晴れ晴れしているもの」
鈴は優しく微笑んだ。

少し迷ってから、おれは鈴に告げた。
おれが何を悩んでいたかを。

おれの話を聞き終わって、鈴はしばらく考えていたけれど、やがて力強く言った。
「大丈夫よ、きっと」
そして、あわてたようにつけくわえた。
「もちろん、わたくしだって考えたら怖いわ。阿高が死んだらなんて、考えただけで泣きたくなってしまう。でも
きっと大丈夫だと思うの」
「どうして?」
おれが尋ねると、鈴は笑った。
「だって、阿高のお母さんがいるから」
「チキサニ?」
「ええ」
鈴はうなずいた。
「藤太から聞いたわ。あなたのお母さんは藤太を通して、ずっとあなたを守ってくれていたのでしょう。それなら、
きっとこれからもあなたを守ってくれるわ」
「チキサニが?」
「そうよ」
おれは自信なく尋ねた。
「本当にそうだろうか。おれは親というのがよくわからないんだ。親父さまは家族だし大切だけど、やっぱりおれの
親じゃないから」
鈴はおれの目をじっと見つめて言った。
「自信をもって、阿高。あなたのお母さんはあなたを産んだとき、あなたのために命をくれたのでしょう。わたくしの
母上も、兄上を守るために命を差し出したわ。親というのはそういうものよ」
そして、おれの手を強く握った。
「ね。だから、大丈夫。あなたのお母さんはあなたを守ってくれる」
おれは小さくうなずいた。
そして、言った。
「でも、鈴は?おれは鈴が心配なんだ。チキサニは鈴のことも守ってくれるだろうか」
すると、鈴は微笑んだ。
「そうね。それはわからないわ。でも、阿高にわたくしが必要なら、きっとわたくしのことも守ってくれるのではない
かしら」
「必要だよ、決まってる」
おれが即答すると、鈴は微笑んでおれをぎゅっと抱きしめてくれた。


鈴の背中をなでながら、チキサニのことを思った。
チキサニは、本当におれと鈴のことを見守っているのだろうか。
藤太がおれの中にいるというチキサニ。
力がなくなった今でも、彼女はおれたちを守ってくれるのだろうか。

こんなにチキサニのことを考えたのはひさしぶりだった。
チキサニ。勝総。
おれの両親。

もし鈴の言うとおりなら。
本当にそうならば。

どうか鈴を守ってください、と強く祈った・・・。







 



番外・阿高の日記・新年
at 2002 01/30 18:20 編集

新しい年を迎えた。 
おれは18に、鈴は16になった。 

日の出とともに、家族そろって氷川の社にお参りにでかけた。 
社への道をぞろそろとみなで歩いていった。 
知り合いに会えば挨拶を交わした。 

鈴はほおを寒そうに赤くしていたけれど、見るからにわくわくしていた。 
「鈴、寒くないか?」 
おれは鈴の手をとった。 
すると、案の定、鈴の手は冷え切っていた。 
おれがいつものように両手で鈴の手を包み込んで温めると、鈴は遠慮して手をひっこめようとした。 
「わたくしは大丈夫よ。阿高の手まで冷えてしまうわ」 
だが、おれが手を放さずにいると、鈴は、 
「ありがとう」 
と微笑んだ。 

その後はずっと鈴と手をつないで歩いて行った。 
途中、若衆や娘たちに指差されたりしたけれど、おれは社に着くまで鈴の手を放さなかった。 

社につくと、まずは親父さまが家族を代表して祈りをささげた。 
家族一同が今年も無事であるようにと願った。 

それがすむと、今度は一人一人祈ることになった。 

去年までは、何を願おうかおれはいつも迷っていた。そしてさまざまなことを願った。 
弓が上手くなりますようにとか、そんなことを。 
だけど、今年からはもう迷わない。 
来年もその次も、きっと同じ願い。 
ただひとつだけ。 

『ずっと鈴と一緒にいられますように』 

今まで願ったいろいろなことは叶わなくてもかなわないから。 
これひとつ叶えば十分だから。 
だから、どうかどうかこれだけは。 


祈り終えて横を見ると、鈴が小さな手を合わせて熱心に何かを祈っていた。 
長い。 
何を祈っているのだろうと思った。 


社からはみなばらばらで帰ることになった。 
親父さまや兄たちが新年の祝いの宴に参加するからだ。 

鈴と二人で屋形に帰る途中、鈴がおれの腕にしがみついてきた。 
「ねえ。阿高は何をお願いしたの?」 
おれは少し迷ってから、正直に答えた。 
「鈴と一緒にいられるように」 
なんだか照れくさかった。 
鈴はうれしそうだった。だが、おれに言った。 
「ありがとう。でも、それじゃまだ足りないわ。その点、わたくしのお願いは完璧よ」 
得意そうな表情をした鈴はかわいかった。おれは尋ねた。 
「なら、鈴は何て願ったんだ?」 
すると、鈴は胸を張って言った。 
「阿高と一緒に、二人とも元気で長生きできますように」 
そして、ふくれた。 
「なによ、その顔。わたくしのこと、よくばりだと思っているのでしょう」 
思わず笑ってしまったおれに、鈴は怒って言ったけれど、おれは気にせず鈴を抱きしめた。 
「ありがとう、苑上。大好きだよ」 
鈴は真っ赤になった。 
「わたくしの名前・・・」 
「ときどきはこう呼ぶよ。鈴の本当の名前だ」 
鈴は目をうるませながら、おれを抱きしめ返してくれた。 
「わたくしも阿高が大好きよ」 

千種と一緒に歩いていた藤太が、おれに向かってにやにやと笑っているのが見えた。 


藤太たちと道を変えて歩き出してから、おれはふと疑問になって尋ねた。 
「なあ、都ではもっと派手に新年を祝うんだろう?」 
鈴は思い出すように少し考えてから答えた。 
「ええ、そうね。でもつまらないものよ。竹芝の新年のほうがずっと楽しいわ」 
「そうか?」 
おれはよくわからなかったけれど、竹芝のほうがいいと言われてうれしくなってうなずいた。 
すると、鈴が笑って付け加えた。 
「だって、阿高と一緒だもの」 

おれはもう一度鈴を抱きしめた。 
そして、後ろに藤太たちがいないのを確認してから、鈴にそっと接吻した。 

来年はおれも鈴と同じことを願おうと思った・・・。 


 



番外・苑上の日記・新年
at 2002 01/30 18:21 編集

今日はみんなで氷川のお社にお参りに行きました。 
わたくしは、阿高と一緒に元気で長生きできますようにとお祈りしました。 
そのことを言ったら、阿高が「ありがとう、苑上」と言って抱きしめてくれました。 
阿高にわたくしの本当の名前を呼ばれるのは初めてだったので、とてもうれしかったです。 
今日はとてもよい日でした。 
来年も阿高と一緒に新年を迎えられるとよいなあと思いました。 
 



苑上の日記36・雪合戦
at 2002 01/30 21:53 編集

今日はみんなで雪合戦をしました。
昼間に千種さんと練習しておいたので、藤太と阿高を負かすことができました。
千種さんは大喜びでした。

その後、阿高とかまくらでおしゃべりしました。
阿高は最近ふさいでいたようだったけれど、元気になってよかったです。
雪合戦はすごく手が冷たくなるので困ったけれど、とっても楽しかったのでまたしたいです。
 



苑上の日記37・雪だるま
at 2002 01/31 22:56 編集

今日は、お仕事が終わってから雪だるまを作りました。
雪玉を転がすのははじめは楽だったけれど、大きくなってくるととても重くなって大変でした。
それで、思ったより小さなものしか作れませんでした。

できあがった後に、なんとなくもう少し作りたくなって、雪だるまの隣に犬の形をした雪人形も作りました。
こちらは小さめにしたので、それほど大変ではありませんでした。

木の実や枝や松の葉っぱを使って、眼や口や鼻や腕や、いろいろなものをくっつけました。

完成した雪だるまをお屋形中の人が見に出てきてくれたので、少しはずかしかったです。
でも、みんながほめてくれてうれしかったです。
豊高さんが、
「こりゃ、阿高とちびクロだな」
とおっしゃったので、すっかりそういうことになりました。

阿高は、
「鈴一人でよくこんなに作ったものだな」
と笑っていました。

美郷さんは、わたくしがしもやけになっていないかすごく心配してくださいました。
わたくしはしもやけになったことがないのですが、とてもかゆいのだそうです。
しもやけにならないように気をつけて、明日もまた雪遊びをしようと思います。

 



        

 

 








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阿高の日記37・雪だるま
at 2002 02/01 19:11 編集

今日、屋形に帰ってみたら、庭に雪だるまができていた。
きけば鈴が一人で作ったのだという。
本当に驚いた。

普通の雪だるまの横に、犬の形のものまであって、思わず吹き出してしまった。
豊高兄が、おれとちびクロのようだと言った。
なんだかうれしくなった。

夜、寝る前に、鈴が腰が痛いと言いだした。
昨日は雪合戦をしたし、今日は今日でずっと中腰で雪玉を転がしていた上、頭の部分を持ち上げたりしていたので
腰にきたらしい。
おれは鈴をうつぶせに寝かせ、腰をもんでやった。
無理しないようにと釘をさしておいたけれど、あの調子ではどうも明日も雪で遊ぶ気らしい。

しかたがないから、鈴が雪にあきるまで毎日腰をもんでやろうと思った・・。
 



阿高の日記38・豆まき(時代考証無視…汗)
at 2002 02/01 19:36 編集

今日は春の節分なので、豆まきがあった。
例年どおり、一家の主である親父さまが、
「鬼は外!福は内!」
と言いながらいり豆をまいてまわった。
親父さまが庭に豆をまいたとき、クロとちびクロは一瞬驚いたようだったが、すぐに豆のにおいをふんふんとかいでいた。

豆まきが終わると、みんなで年の数だけ豆を食べた。
鈴は親父さまから16粒の豆をもらい、手のひらに載せてうれしそうにぽりぽりと食べていた。
「阿高は18粒も食べられるのね」
そう言って、鈴は少しうらやましそうにおれを見る。
おれは笑って言った。
「豆はあんまり食うと胸やけするんだよ」
「そうなの」
鈴は目を見開いた。
「年をとったら大変だわ」
真剣に悩んでいるようだったので、おれはまた笑った。
そんなに厳密に数を数えて豆を食べている者なんてほとんどいないからだ。
鈴にそう教えてやると、ほっとしたようだった。
そして微笑んで言った。
「でも、どんな行事もやっぱり武蔵の方が楽しいわね」
「都ではどうするんだ」
「宮中ではね、追儺の儀式といって、陰陽師がするの。弓矢や矛や盾は使うけれど、豆は食べないわ」
鈴はそう言って、また、豆をぽりぽりと食べた。
「阿高、なんだかのどがかわいた」
「おれもだよ。じゃあ、水でも飲みに行くか」

おれたちは水がめから水を飲んだ。
鈴は機嫌よくどんどん水を飲んでいたが、そのうち表情が暗くなった。
「阿高、おなかが苦しい」
どうやら、水を吸って腹の中の豆が膨らんでしまったようだった。
そして結局、おれはだいぶ長いこと鈴の背中をさすってやることになった。

この調子で行くと、10年後は一体どうなるのだろうと思った・・・。




 



苑上の日記38・豆まき
at 2002 02/01 19:41 編集

今日は豆まきがありました。
宮中ではそんなことをしたことがなかったので、とってもおもしろかったです。

お父様が豆をおまきになった後、みんなで年の数だけ豆を食べました。
わたくしは16粒もたいました。
阿高は18粒もらっていたので、少しうらやましかったです。

豆を食べたらのどがかわいたので、お水を飲んだら、急におなかが苦しくなってしまいました。
阿高が一生懸命背中をさすってくれました。

来年は、豆を食べたあとにお水を飲まないようにしようと思います。 



阿高の日記39・梅
at 2002 02/24 21:59 編集

今日、仕事から戻ると、鈴がにこにこしておれを待ち構えていた。
「阿高、来て」
腕をひっぱられながら部屋の前までくると、鈴は得意そうに引き戸を開けた。
その瞬間、なんともいえないよい香りがふわりと部屋から漂ってきた。
甘い、でもさわやかな香り。

「これは・・・梅か」
部屋のすみにおいてある小さな桶に花をつけた梅の枝が差してあった。
紅梅と白梅一本ずつで、鮮やかな色が目に飛び込んでくる。

「きれいだな。それにいい匂いだ」
「春らしくてよいでしょう?」
鈴はにっこりと笑った。
「今日、おつかいにいったら、向こうの人がくれたの」
「そうか」
おれは鈴の頭をなでてやった。
鈴は満足そうな顔をしてから床に膝をつき、白梅の花に顔を近づけて匂いをかいだ。
「本当によい匂い。阿高ももっと近くでかぐといいわ」
鈴がおれの袖を引くので、おれは鈴の横にあぐらを組んで座り、手近にあった紅梅の花に顔を近づけた。

淡い紅色の花から、なんともいえないよい匂いがする。
甘いけれど、まとわりつかない。
なぜだか幸せな気持ちになる。

「この世に花はたくさんあるけれど、わたくしは梅が一番好きなの。昔、兄上におぶってもらって梅の花を取りに
いったことがあるのよ」
鈴はそう言って、何か思い出したように笑った。
「そのときね、わたくしは兄上の上に落っこちてしまったの」
「・・・安殿皇子か。今頃どうしているのだろうな」
おれがつぶやくと、鈴はにっこりと微笑んだ。
「きっとお元気だわ。だって兄上はもう救われたのだし、仲成さまもいらっしゃるのだもの」
「そうだな」
おれも笑った。

鈴は梅の枝に手を伸ばしながら言った。
「わたくしね、兄上と一緒に取った花枝ほど見事なものは二度と見ることがないと思っていたの。でも、竹芝でなら、
また見られそうな気がするわ」
「見られるさ」
おれはうけあった。
「おれが鈴をおぶってやる。一緒に梅の花を取りに行けばいい」
「そうね」
鈴はうれしそうに笑った。


ひさしぶりに安殿皇子のことを思い出した。
安殿皇子よりも見事な花枝を鈴にとってやりたいと、なぜだか思った・・・。

 



苑上の日記39・梅
at 2002 02/25 13:32 編集


今日、美郷さんに頼まれてご近所の美郷さんのお友達のお宅へお届けものをしました。
お庭にたくさん梅の木があって、淡い紅色の花と白い花が見事に咲いていました。
わたくしが見とれていると、美郷さんのお友達の方はにっこりして、
「梅の花がお好きなのですか?」
とおっしゃいました。
わたくしは兄上と一緒に梅の花を取りに行ったときから梅が一番好きなので、そう答えると、その方は奥から梅の
花枝を紅白一本ずつ持ってきてくださいました。
「飾ろうと思って切らせておいたのですけれど、差し上げます」
そう言ってわたくしにその花枝をもたせてくれました。
とってもうれしかったです。

お屋形に戻ると、わたくしはさっそくお部屋に梅の枝を飾りました。
阿高が帰ってきたので、早く梅の花を見せたくて、阿高の腕をひっぱってお部屋に連れて行きました。
阿高はにこにこして、いい匂いだと言ってくれました。
それから、今度一緒に梅の花枝を取りに行こうとも言ってくれました。

阿高も梅の香りが好きでよかったです。
阿高と梅の花を取りに行くのが楽しみです。
 



        

 

 








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阿高の日記40・大雨
at 2002 03/06 04:14 編集

今日はひどい雨だった。
早めに仕事を切り上げて帰ってきたが、夜になっていっそう雨がはげしくなった。

することもないので部屋で寝転んでいると、鈴がやってきた。
「ねえ、阿高。ちびクロたち大丈夫かしら。こんなに雨が激しかったら、きっと犬小屋にも降りこんでいるわ。
お屋形の中に入れてあげたらどうかと思うのだけど」
「うーん」
おれは考え込んだ。
親父さまは動物を家の中に入れるのが嫌いなのだ。
だが、鈴の真剣なまなざしに押されて、おれはうなずいた。
親父さまにお伺いをたてると、親父さまは渋い顔をして悩んでいたが、
「今日だけという約束なら」
と言って、許してくれた。
結局、なんだかんだ言って親父さまは鈴に甘いのだ。

お許しをもらったので、おれと鈴はちびクロとクロを連れに行った。
二匹は庭の小さな小屋で体を丸めていたが、入り口から雨が容赦なく吹き込んでおり、2匹ともびしょぬれだった。

おれと鈴はちびクロとクロを自分たちの部屋へ連れてきた。
そして、乾いた布で2匹の体をふいてやった。
ちびクロを側において眠るのはひさしぶりで、なんだか鈴や藤太と旅をしていたときを思い出した。

ふと、クロを熱心にふいている鈴を見ると、鈴の髪からもぽたぽたと雫が落ちていた。
「ほら。クロだけじゃなくて自分もふけよ」
おれはそう言って、鈴の髪を拭ってやった。
「ありがとう」
そう言いながらも、鈴はクロを拭く手を止めない。
「ずいぶん熱心なんだな」
おれが不思議に思ってそう言うと、鈴は笑った。
「だって、ちびクロたちと一緒に眠れるなんて、本当にうれしいのだもの。たまには大雨もよいわね」
「そうだな」
おれはうなずいて、鈴の髪の毛をもう一度よく拭いてやった。

それまでうっとおしかった雨の音がなんだか少し好ましく感じた・・・。





 



苑上の日記40・大雨
at 2002 03/15 17:48 編集

今日は雨がたくさん降っていました。
雨のせいで阿高がいつもより早く帰ってきたのでうれしかったです。

でも、雨があんまりたくさん降るので、わたくしは小屋にいるちびクロとクロのことが心配になってしまいました。

お父様に、ちびクロたちを中にいれてはいけないか聞いてみました。
お父様は、はじめは納屋か馬小屋にいれたらどうかとおっしゃいました。でも、阿高が、納屋には刃物など危ないもの
が多いし、馬小屋はちびクロのことをこわがる馬もいるからと言ったら、今日だけならと言って許してくださいました。

ずぶぬれになっているちびクロとクロを迎えにいって、部屋にあげ、体をふいてやりました。
わたくしがクロの体を拭いていると、阿高がわたくしの髪を拭いてくれたました。
阿高がわたくしにかまっていたのでちびクロはすねてしまったのでしょうか、わざとらしくぶるぶると体を振って
わたくしと阿高に水をまきちらしたので、二人で大笑いになりました。

とても楽しかったです。
あまり多いと困るけれど、ときどきは大雨もよいなあと思いました。

 



        

 

 








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阿高の日記41・桜
at 2002 04/05 00:06 編集

しばらく冷え込んだ日が続いたと思ったら、今日はびっくりするほど暖かかった。

「おい、阿高。見ろよ」
という藤太が指差した方角を見れば、裏の小山の緑の中に、いくつか薄紅色のものが見えた。
「山桜ももう咲いているみたいだな。この暖かさで花を咲かせたのか」
藤太は満足そうに微笑んだ。
「おれは千種と花見に行くぞ」
「ふーん」
おれがぼんやりとうなずくと、藤太がおれの頭をはたいた。
「ばか。おまえも行くんだよ。鈴を連れて行ってやれ」
おれはむっとして言い返した。
「でも、鈴が好きなのは梅の花だろう」
すると、藤太は苦笑して腕を組みながら首を振った。
「これだからおまえは女心がわからないといわれるんだよ。女はみんな花が好きなんだ」
「鈴をおまえが付き合ってきたようなそこらの女と一緒にするな」
「ばかいえ。一緒だよ。たとえ違うとしたって、あの子は梅の花が好きなのだろう。梅が好きなら桜も好きに決まってる」
「そうかな」
「そうだ!」
藤太に断言されて、おれは少し考えた。
桜には梅のようなよい匂いはないけれど、それでも鈴は桜が好きだろうか。
おれが考え込むと、藤太はにやりと笑った。
「あれこれ考えるのもいいけどな。話は単純なんだ。お前が鈴と桜を見たいか、それだけだよ」
「見たい」
おれが思わず即答すると、藤太は破顔した。
「なら、誘えよ。あの子のことだ、絶対行くって言うにきまってるさ」



屋形に帰って鈴に伝えると、鈴は飛び跳ねそうな勢いで行くと言ってはしゃいでいた。
鈴が喜んでいたのでよかった。

藤太たちと相談して、明日天気が良かったら昼飯を持って行ってみようということになった。

いままでは、わざわざ花を見にどこかへ行ったりしたことはなかったし興味もなかった。
でも、鈴と一緒だと本当に楽しみだと思えてしまう。
不思議だなと思った・・・。



 



苑上の日記41・桜
at 2002 04/05 15:05 編集

今日、夕餉のしたくをしていたら、阿高が駆け込んできました。
「桜を見に行かないか?」
といきなり言われてびっくりしました。
でも、とってもうれしかったので、行きたいと答えると、阿高はうれしそうににこにこしていました。
横にいた美郷さんも笑っていました。

夜、部屋で二人になったとき、阿高が思い出したように、わたくしに尋ねました。
「でも、鈴が好きなのは梅の花じゃなかったのか?」
「梅が一番好きだけれど、桜も好きなの。花はみんな好き」
わたくしがそう答えると、阿高は神妙にうなずいて、
「さすが藤太だ。だてに遊んでないな」
とかなんとかつぶやいていました。
なんのことだかよくわからなかったけれど、阿高とお花見に行けることになってうれしかったです。
桜がたくさん咲いているといいなと思いました。 



苑上の日記42・酒(ひこさん感謝ですv)
at 2002 04/05 16:26 編集

今日はお花見に行くはずだったのですが、阿高と藤太が急に牧の仕事に行くことになってしまいました。
阿高はとても残念そうでした。
「鈴、ごめんな。明日こそ必ず行くから」
と、何度も謝ってくれました。
わたくしは少し残念だったけれど、仕事なのだから仕方ないと思いました。
千種さんと一緒に急いでおむすびを作って、阿高たちを送り出しました。

その後は、いつものように、お洗濯やお掃除や食事の支度で一日が終わりました。


夜になって、阿高が藤太にかつがれるようにして戻ってきました。
阿高はほおをほんのり赤くしていて、酔っているようでした。
「ほら、阿高。着いたぞ」
藤太は阿高を床に座らせました。
「鈴。悪いけど阿高に水を飲ませてやってくれないか」
「ええ」
「よっぱらい扱いするなって言っているだろう」
阿高が眠そうな顔で藤太に言いました。
「鈴も。おれは大丈夫だから。酔ってなんかないから・・・」
そう言いながら、阿高はその場にごろりと横になってしまいました。
「寝るなら部屋で寝ろよ」
「うん・・・」
返事はしたものの、阿高はそのまま眠ってしまいました。
「しかたないな、部屋までかついで行くしかないか」
「ごめんね、藤太」
「なんで鈴が謝るんだ」
藤太はおかしそうに笑いました。
「でも、確かに鈴のせいかもしれないな」
「え?」
藤太は阿高を肩にかついでどんどん部屋に歩いていくので、わたくしは小走りで後を追いかけました。
藤太は阿高を部屋に寝かせると、わたくしの方に向き直りました。
「こいつ、鈴と花見に行きたかったってすねてたからさ、牧でみんなに鈴のことをからかわれてたんだよ。
阿高は鈴にめろめろだって。それで阿高のやつ、いつも以上に飲まされたみたいで」
「・・・わたくしのせいなのね」
「そんな顔するなって。冗談だよ。阿高もからかわれてたけど、なんだかんだ言ってけっこうのろけてたから。
おれの鈴に絶対手を出すな、とかね」
そう言って笑うと、藤太はいきなりわたくしを抱きしめました。
「鈴。阿高を頼むな。こいつをまかせられるのはおまえだけだから」
「え、ええ・・・」
わたくしは驚きながらも、うなずきました。
でも、すぐに気がつきました。
「藤太、お酒くさい!!」
藤太の息からはかなりお酒の香りがしていました。
「だって飲んでるもん」
そして、わたくしにもたれかかったまま眠ってしまいました。
「酔っ払いー!!」
わたくしが大声で叫ぶと、美郷さんが駆けつけてくれました。
そして、わたくしから藤太をひきはがすと、藤太の頭をべしべし叩きました。
「ほら、起きなさい!」
「あれ、美郷姉」
「美郷姉じゃないわよ、まったく」
美郷さんはため息をつきました。
「ごめんね、鈴ちゃん。この子、顔には出ないんだけどかなり飲んでるみたい。飲むといつもこうなるのよ。早いとこ
千種ちゃんに引き渡してくるわね」
そして、藤太の襟首をつかんで部屋から出て行きました。

こんな大騒ぎの中でも、阿高は眠ったままでした。
わたくしは阿高に上掛けをかけてあげました。


明日ちゃんとお花見に行けるのかなと少し心配になりました。
でも、阿高が他の人にわたくしの話をしてくれたことはとてもうれしかったです。





 



阿高の日記42・酒
at 2002 04/05 16:36 編集

今日は花見に行くはずだったのに、牧の仕事が入ってしまっていけなくなった。
すごく残念だった。

牧でおれが浮かない顔でいると、花見のことを藤太がみんなにばらしたので、いやというほどからかわれた。
田島にもだいぶつつかれた。
田島は、
「阿の字もやっとそういう男女の機微ってやつがわかるようになったか」
と口元をひねるようにして笑っていた。

仕事が終わってからだいぶ酒を飲まされた。
酒を飲みながら、酒を汲むひさごを見て鈴のことを思い出した。
いつだったか、鈴にひさごの話をしてやったなあと思った。


そして、気がついたら自分の部屋で寝ていた。
いつのまに屋形に帰ったのだろうと思った・・・。

 



        

 

 








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苑上の日記43・牽制
at 2002 05/03 09:12 編集

今日、川で洗濯していたら、一緒に洗濯している女の子たちがなにか秘密の話をしていました。
だれだれとは約束しないとか、だれはだれのものだとか、そんな話でした。
何のことかかよくわからなかったので、わたくしが尋ねると、みんなは、
「鈴ちゃんは当然阿高に決まっているのだから心配しなくても大丈夫よ」
とにこにこしていました。
美郷さんに尋ねると、お祭りのためにみんなが牽制しあっているのだということでした。
もうすぐお祭りがあるのだそうです。
そういえば、最近みんなが楽しそうだと思ったら、お祭りのせいだったようです。
「お祭り用の花を摘みに行かなきゃいけないわね」
と、美郷さんもとても楽しみにしているみたいでした。
わたくしも、みんなの話を聞いていたらなんだかうきうきしてきてしまいました。
竹芝にきて初めてのお祭りなので、とっても楽しみです。
早くお祭りがくるといいなあと思いました。



 



阿高の日記43・牽制
at 2002 05/03 09:13 編集

今日、若衆の連中と集まっていたら、自然と祭りの話になった。
始めは、日下部ともめごとにならないだろうかとかそんな話だったけれど、いつのまにかみんな牽制をはじめていた。
あの子を誘うのは自分だとか、そんな話だ。

「おい、みんなわかってると思うが、千種と鈴はだめだからな」
藤太が言うと、みなどっと笑った。
「だれが二連の彼女を狙うもんか」
「相手が二連じゃ勝ち目なんかないだろう」
だが、広梨は笑わなかった。
「だが、日下部の連中ならやりかねないぞ。特に真守には気をつけたほうがいい」
「ああ、そうだな」
おれと藤太は神妙にうなずいた。

だが、心配ごとはあるものの、やはり祭りが近づいてくると心がはずむ。
藤太は、千種をお祭りに連れて行く約束をついにはたせると言って本当にうれしそうだ。
おれも早く鈴を誘おう。
そして、祭りの当日は絶対に鈴を守ってやろうと思った・・・。



 



苑上の日記44・選択
at 2002 05/06 10:12 編集

最近、毎日どんどん暖かくなってきてうれしいです。
今日は千種さんと美郷さんと一緒にお洗濯をしていたのですが、もう水があまり冷たくなくて、むしろ気持ちいい
くらいになってきました。
お洗濯が終わる頃に阿高と藤太がやってきて、わたくしと千種さんに散歩に行こうといいました。
「まだ洗濯物が残っているのよ。少し待っていてちょうだい」
千種さんがそう言うと、藤太がにこにこして手を出しました。
「おれも手伝うよ」
「ばかいわないでよ。女物の肌着を洗っているの、見ればわかるでしょう」
「だから手伝うって」
「はいはい、いいからその辺にいてちょうだい」

千種さんに追い払われた藤太と阿高はしばらく川べりに座り込んでいましたが、わたくしがふと顔をあげると、
いつのまにか川の中に入っていました。
「そっちに行ったぞ、阿高!」
「藤太の足元にもいるよ」
「おっと」
二人ともとても楽しそうに笑いながら鮒を追いかけまわしていました。
そんな二人があんまり子どものように無邪気なので、わたくしと千種さんは思わず顔を見合わせて笑ってしまいました。

「こら。阿高も藤太も、着物を汚してこれ以上洗濯物を増やしたら承知しないわよ」
美郷さんが苦笑しながら言いました。
「はいはい」
「気をつけるよ」
そう言いながらも、二人はあいかわらずかけまわっていました。

わたくしが笑いながら二人を見ていると、千種さんも笑いながらわたくしにささやきました。
「やっぱり二連っていやね」
「え?」
「藤太から聞いたでしょう、わたしは昔ずいぶん阿高に嫉妬したの。藤太はわたしより阿高の方が大切みたいだったから」
千種さんの言葉に、わたくしは首をかしげました。
「藤太は仲成さまに切られたとき、千種さんの名前ばかり呼んでいたというけれど」
すると、千種さんは顔を赤らめました。
「でも、そもそも切られたのが阿高のためなのよ」
「うーん」
わたくしが考え込んでいると、千種さんは笑いました。
「たぶんこう思えばいいのよね、女の子の中では自分が一番なのだって。でも、なかなかね・・・」


お洗濯が終わると、美郷さんはお屋形に、千種さんと藤太は散歩がてら機織り小屋行ってしまいました。
わたくしと阿高は小川の小さな橋に腰かけて、足をぶらぶらさせて水を蹴って遊びました。
都にいた頃は絶対できないことだったので、わたくしが夢中になっていると、阿高がふいに口をひらきました。
「さっき、聞こえたんだけど」
「なんのこと?」
「おれと藤太のこと」
わたくしは笑いながら水を蹴っていましたが、阿高の声が真剣だったので、足を止めて阿高に向き直りました。
阿高は真顔のまま、わたくしに言いました。
「さっき言っていただろう、千種と」
「ああ・・・」
わたくしはなんだか気恥ずかしくなって打ち消しました。
「あれは冗談みたいなものよ。気にしないで」
「気にする」
阿高はわたくしの頭に手をおきました。
「藤太は大事だよ。それは本当だ。だけど」
阿高は目を閉じ、ゆっくりと開きました。
「鈴と藤太とどっちが大事かと言われたら、おれは鈴だと言うよ」
わたくしはびっくりしてしまいました。
阿高はさらに言いました。
「きっと藤太もそうだよ。おれと千種なら千種の方が大事だと言うよ。それでいいんだ。昔はそれが怖かったけど、
今はもう怖くない。おれも鈴を見つけたから」
そう言って、阿高は微笑みました。
わたくしはやっと口がきけるようになって言いました。
「ほ、本当?」
そんなことしかいえない自分がばかみたいだと思ったけれど、阿高は笑ってうなずいて、わたくしの頭をぽんぽんと
してくれました。
そして、手をつないでお屋形に帰りました。

阿高にとって藤太がどれだけ大切な存在かよく知っているだけに、藤太よりもわたくしを選ぶといわれてとても
うれしかったです。
これからも二人の仲のよさにやきもきすることがあるだろうけれど、大目に見てあげようと思いました。




 


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