決断 (阿高 in 伊勢) 昼寝でもしたくなるような暖かく心地よい昼下がり、阿高は藤太を河原へ連れ出した。 藤太が水浴びをしたいと言い出したからだ。 仲成に斬られた傷も癒えた藤太は、あとは体力の回復を待つだけという状態であった。 河原に着くと、藤太は手近な石の上に腰をおろした。 そして、いった。 「正直に言って、お前が手ぶらでみやこから戻ってくるとはおもわなかったよ」 藤太の体を気遣っていた阿高は、一瞬なんのことかわからなかったが、やがて思い当たりうつむいた。 「家宝の勾玉のことは悪かったと思っている。あれのために藤太はこんな傷を負ったのに」 すると、藤太は苦笑した。 「勾玉のことなんかじゃない。あのときは、お前に勾玉が必要だと思ったから取り返しただけだ。 お前が皇に勾玉を渡したことは間違っていなかったと思うよ。そのおかげでお前が戻ってこられたというんだから」 「・・・うん」 阿高がうなずくと、藤太はまじめな顔で言った。 「おれが言っているのは鈴のことだよ」 「鈴?」 「ああ。おれはおまえが鈴をもらってくると思っていた」 「ばかいえ。鈴は皇女だぞ。そんなに簡単にもらえるはずがない。第一、鈴の意志だってあるだろう、鈴はものではないのだから」 「なら、鈴の気持ちをお前はきいたのか?」 藤太の問いに、阿高は絶句した。 そして、はっとして藤太の顔を見た。 「どうして知っているんだ、おれが鈴を・・・」 「そんなことは見ていればわかるさ。鈴が女の子ということにも気づかなかったお前とは違って、おれはそういうことには聡いんだ」 顔を赤くした阿高に、藤太は言い継いだ。 「どうして連れてこなかったんだ」 藤太の問いに、阿高は眉根を寄せた。 「だって、鈴は皇女だ。おれなんかより、鈴を幸せにしてくれる男がいくらでもみやこにいるだろう」 「そんな男はいないよ」 藤太のあまりの断言ぶりに、阿高は首をかしげた。 「どうしてそんなことがわかるんだ」 「前に、坂上少将にきいたことがある。鈴が皇女だということがわかった晩だよ。鈴は皇后の娘で皇太子の妹という 高すぎる身分のため、どこにも嫁ぐことができないらしい。兄や弟がいるとはいえ、気軽に会うこともできないそうだよ。 だからあの子はひとりぼっちだ。これからも、ずっと」 阿高は唇をかみしめた。 そんなことはまったく知らなかった。 鈴は皇女なのだから、求婚者は星の数ほどいるだろうと思っていた。 優しさ、賢さ、武術、容姿、気品、身分、全てに優れた男こそが、鈴にふさわしいと思った。 だから、自分なんかが望んではいけないと思った。 そう思ったからこそ、何も言わずに別れたのに。 鈴がみやこでひとりぼっちだなんて、阿高には想像できなかった。 だが、阿高は思い出した。 鈴はこうは言っていなかったか。 「どうかつれていって。わたくしには、他に行くところはないの」 そして自分はそれにこう答えた。 「鈴は人を幸せにする力をもっている。その力があれば、いくところがないはずはないよ。元気を出すんだ、 きっとお前が必要になる者がいる」 自分が鈴を必要としていたから、鈴に幸せにしてもらったからこそ、そう言った。 鈴には立派な男と幸せになってほしかったから。 でも、都には鈴を必要とする人間はいないと藤太は言った・・・・。 「さてと、ひと浴びするかな」 沈黙してしまった阿高に、藤太が声をかけた。 「あ、ああ」 阿高がうなずくと、藤太はためらうことなく着物を脱いだ。 仲成に斬られた大きな傷痕が藤太の胸にあった。 阿高がうなだれると、藤太は微笑んだ。 「お前が気にすることじゃない。それよりもやることがあるんじゃないのか」 「やること?」 「おまえは皇を救った。勾玉も渡した。おれは仲成に斬られた」 藤太は満面の笑みで言った。 「だから、おれたちもみやこから、ひとつくらいお宝をいただいてもいいんじゃないかと思ってね」 迷う阿高の背を押すように、藤太はほがらかに言った。 「坂東の風習を忘れたのか? 頑固に許さない親のいる娘は、盗み出す。おれは竹芝に帰ったら千種を盗み出すよ。 おまえはどうする?」 藤太の問いに、阿高はもうためらわなかった。 鈴に会って、そして、今度こそ言うのだ。 一緒にきてほしいと。 阿高は顔をあげ、藤太をまっすぐに見つめて笑った。 「ごめん。寄り道させて悪いけど、もう一度みやこへ行きたい」 「それなら、いい知らせがある。鈴の弟が伊勢の斎宮の火事見舞いにくるらしい。ひとつ相談してみたらどうだ」 藤太はそう言って、相棒の肩に手を回した。 (終) (あとがき) 仕事が忙しく、なかなか妄想にふけるひまがなくて、なかなか二次創作を書けずにいたのですが、 通勤中に荻原作品のイメージソングを聴くと、かなり楽しい時間がすごせることが判明し、以来 イメージソングにはまっています。 一度は苑上を別れて伊勢に戻った阿高が、何を思って再び苑上を迎えにきたのかは非常に気になる ところで、私もたくさん妄想し、何度か書いたこともあります。 賀美野が訪ねてくることがきっかけで気づくとか、鈴のいない寂しさに気づくとか、いろいろあると思うのですが、 今回は藤太にがんばってもらいました(笑) 藤太も、菅流と同じく、年齢を重ねるごとに好きになっていくキャラです。 阿高はかっこいいしかわいいのですが、藤太はとにかく頼りになります♪ そんな藤太に、阿高の最初で(おそらく)最後の恋を応援してもらいました。 阿高も藤太も本当に大好きです。 すばらしいキャラクターを生み出してくださった荻原先生に、最大級の感謝を♪ ぴっころ 拝 2005/01/16 TOPへ戻る