あたその日記



ニイモレの日記 さくら

 イメージソング・ケツメイシ「さくら」




チキサニが山桜を熱心に見つめているのを見つけ、ニイモレは安堵した。
同時に、桜の花びらが舞い散る中にたたずむチキサニは、本当に女神の
ようだと思った。

「チキサニ」
ニイモレが呼ぶと、チキサニははじかれたように振り返った。
「ニイモレ。どうしたの」
ニイモレは苦笑した。
「どうしたのじゃないだろう。もう時間だぞ」

今日はチキサニが峰に登る日だった。
今日からチキサニは巫女となり、アベウチフチの元で修行を始めるのだ。

「行きたくない・・・」
チキサニは小さな声でつぶやいた。
十一歳になったら峰に登るというのは以前から決まっていたことだったが、
いざその日がくるとなかなか覚悟がつかないのはニイモレも同じだった。

チキサニはニイモレを見上げた。
「峰に登ればニイモレにも簡単には会えなくなるのでしょう。そんなのいやだもの」

どう答えてよいのかわからず、ニイモレは口ごもった。
一つ年下のチキサニとは幼馴染として育った。
物心ついてからずっと、チキサニを守り、大切にしてきた。
チキサニに恋していると気づいたのはいつだったろうか。
もう思い出せない。

「ごめんなさい」
ニイモレが困っているのに気づいたのか、チキサニは申し訳なさそうに謝った。
「行きたくないなんて言ってはいけなかったわ。わたしはこのチキサニの力で皆を
守るために峰に登るのだもの」
チキサニはそう言いながらも涙ぐんだ。
「チキサニ。泣かないでくれ」
ニイモレがチキサニの涙をぬぐってやると、チキサニは自分に言い聞かせるよう
に言った。
「倭の軍がもうじきまた攻めてくるのでしょう。わたしは皆を守りたい。ニイモレや
皆を守りたい」
「おれもがんばって戦うよ」
ニイモレはチキサニを励ますように微笑んでみせた。
「チキサニが守ってくれるのだから、倭のやつらなんかこの村に近づけさせない。
おれも皆を、チキサニを守るよ。約束する」

ニイモレが言うと、チキサニはうなずいた。
そして、ニイモレの首に両腕を回した。
「ありがとう。わたしも約束する。みんなを、ニイモレを守るわ」


  *         

「ニイモレ、何をぼさっとしているんだ!」
山桜に見入っていたニイモレを、アテルイがどなりつけた。
アテルイが額に巻いた鉢巻きには、チキサニのしるしが染め抜いてある。
同じものを、ニイモレも額に巻いていた。
「すみません、若殿」
ニイモレが謝ると、アテルイは少しほおをゆるめてみせた。
「もう少し進めば倭の軍とぶつかる。おまえのことは頼りにしているんだ。頼むぞ」
「はい」
アテルイはニイモレが眺めていた山桜に目をやった。
「さくらか。花なんぞ眺めて、好きな女のことでも考えていたか。おまえはもてる
からな。戦が終わったら嫁をもらうといい」
ニイモレは黙って微笑んだ。

嫁などいらない。
チキサニを守れればそれでいい。

「行くぞ」
アテルイに促され、ニイモレは腰の剣に手をかけた。

そして、チキサニのいる山の峰を振り返ってから、アテルイに続いて駆け出した。

(終)



++++++++++++++


<コメント>

ケツメイシの「さくら」を聴いていて、書きたくなったので書いてみました。
回想部分はチキサニ11歳、ニイモレ12歳。
後半部分は、チキサニが勝総に会う少し前の戦いです。

今回書くにあたって、ニイモレの出てくるシーンを読み返してみたのですが、
彼はそんなに悪い人ではないのですね。。
「阿高を殺そうとしてリサトを殺した蝦夷の裏切り者」というイメージでしたが、
彼の立場に立ってみれば、ニイモレはずいぶん切ない人でした。

チキサニに恋して、チキサニのために蝦夷を守るべく戦ったニイモレ。
しかし、チキサニは倭の兵士を愛し、乙女ではない男の子を産む。
その子に自らの命を与え、倭に逃がす。

ニイモレから見れば、チキサニの行為は裏切りだったのでしょう。

そして、ニイモレは自分なりに考えた結果、倭と通じるようになる。
裏切り者と言われようと、彼なりに蝦夷を守ろうとして。

しかし、やはり彼にも苦悩はあったのでしょう。

阿高の顔にチキサニの面影をはっきりと見てしまうニイモレ。
阿高の目の中にチキサニを見るニイモレ。
チキサニは阿高の中にいるのだから、ある意味ニイモレの言葉は的を得ていて。

阿高を殺そうとしたとときの彼の言葉。
「おまえを殺せば決別できる。古き蝦夷のよきものすべてから。
失った思い出のすべてから」

彼の苦悩が感じられる言葉です。

本文中にも「端正」と書かれているニイモレ。
なかなかの美男子だったと思われます。
徳間P.169
「その姿は、蝦夷を無骨な蛮族と見ていた者の考えを改めさせるほど端正だ」
「どこから見ても倭人にしか見えなかった」

この文章を読んでくださった方が、少しでもニイモレに思いをはせてくだされば
うれしいです。

駄文を読んでくださってありがとうございました!

ぴっころ










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