あたその日記



阿高の日記 花盗人



「見ろよ。花が咲いてる」
おれは藤太にそう言うと、畦にしゃがみこみ、咲いている白い花に手を伸ばした。
小ぶりだが、きれいな花だった。
鈴が喜びそうだと思い、おれはその花を数本摘んだ。

摘み終わって、立ち上がると、藤太がにやにやしていた。
「なんだよ、その薄笑いは」
「いや」
藤太は我慢しきれないように顔中笑い顔になって言った。
「阿高が道端でしゃがみこんで、ちまちま花を摘んでいるなんて、昔は想像も
つかなかったと思って。そもそも、前は、花が咲いているかどうかにすら気づいて
いなかったもんな」
「うるさいな」
おれは藤太を軽くにらんだ。
だが、藤太は黙らなかった。
「それが今じゃ、若衆の中のだれよりも早く花を見つけるんだからな」
おれは反論しなかった。

藤太の言ったことは本当だった。

鈴に会うまでは、花に気をとめたことなんてなかった。
花をみつけることもなかったし、花をきれいだと心から思うこともなかった。

だが、鈴に会って、鈴が花を見ると喜ぶことを知った。
そうしたら、いつの間にか花が咲いていることに気が付くようになった。
そして、そうやって興味を持って眺めれば、花を美しいと感じるようにもなった。

きっと花だけじゃない。
他のことも、鈴に会ってから、いろんなことを気づいたり感じたりするようになった。
鈴が一緒だと、目に映るものが前より色鮮やかになった気がする。

「鈴のために花をとるのはいいけど、辻のばばサのところの花だけはとるなよ。
前にうっかりとった奴がいて、ばばサに花盗人とののしられて何日も追っかけ
まわされたらしいぞ」
「そのうっかり者というのは藤太のことだろう」
「なんでおまえが知っているんだ」
「あれだけ派手に追っかけまわされてるのに、気が付かない方がおかしい。しかも、
ばばサはおれと藤太の区別がつかないんだからな」


屋形に帰って花を渡すと、鈴はうれしそうに笑ってくれた。
そして、いつものように、水を入れた小さな壷に花を生けてくれたのだった。













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