あたその日記



番外 阿高の日記 竹芝への帰り道



鈴をさらって、おれたちは武蔵への帰り道を急いでいた。

「少し休むか」
藤太にいわれて、おれは足を止めた。

藤太は真っ先に鈴に歩み寄ると、鈴を気遣った。
「大丈夫か?」
「ええ。まだまだ歩けるわ」
「・・・足を見せてみろ」
藤太は鈴を座らせると、鈴の履物を脱がせた。
鈴の足に手を当てる。

「ほら、こんなに熱をもっている。少し休んで冷やさないと足を傷めるぞ」
藤太は鈴の足を軽くもんでやっていた。

なんだかわからないけれど、胸がもやもやして、おれが黙っていると、藤太が
おれの顔を見てぷっと吹き出した。

「広梨に言われて試してみたけど、本当に予想通りの反応だ」
「なんのことだ」
「だから、鈴のことだよ」
藤太は笑いながら鈴を抱え上げ、おれの背中におぶわせた。

「ほら、近くに谷川があるはずだから、鈴の足を冷やしてやるといい」
「・・・ああ。わかった」
藤太があんまり笑うので、おれはふてくされてうなずいたが、藤太はそれでも
まだ笑っていた。

「本当にものすごい顔でおれを見るんだからな。心配しなくてもおれには千種が
いるんだ」
「そんなこと、わかってるよ」
「わかっていてその顔か」
藤太はそう言って、笑いながらおれと鈴を見送った。

谷川へ降りていく途中、鈴がおれに話しかけてきた。
「ねえ、阿高。さっきのは何の話だったの?わたくしにはよくわからなくて」
「鈴は気にしなくていいんだ。藤太のやつ、あとでとっちめてやる」

鈴はしばらく考えるように沈黙していたが、急にくすっと笑った。
「それにしても、また阿高におぶってもらえる日がくるなんて思わなかった」
「そうだな」
おれはつぶやいた。
「必ず武蔵まで逃げ切ってみせるよ。もっとも、追っ手はずいぶんゆっくり追い
かけてくれているようだけれどね」
「そうね」
鈴は笑った。

「本当にいいのか?都を捨てて、家族と離れて、本当に後悔しないか?」
「ええ。絶対にしないわ」
あまりの即答に、おれがおどろいていると、鈴はおれの耳に唇をよせてささやいた。
「覚えておいてね。わたくしは阿高といっしょにいたいの。それがわたくしの一番の
望みなの」
「それなら、いいんだな、これで」
「阿高こそ、いいの?わたくしなんかを連れてかえってしまっても?」

おれは苦笑すると、言った。
「内親王の部屋に入り込むなんてまねまでして鈴をさらったのはおれだよ。連れて
帰りたいに決まっているだろう」

鈴はまたしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言った。

「ありがとう、阿高」

言葉と同時に、おれの首筋に温かな雨が数滴降ってきた。

おれは微笑んで、体をゆすって鈴をしっかり背負いなおすと、谷川への道を下った。





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